自治体職員の読書ノート

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【852冊目】竹中労・かわぐちかいじ『黒旗水滸伝』

黒旗水滸伝―大正地獄篇〈上巻〉

黒旗水滸伝―大正地獄篇〈上巻〉

黒旗水滸伝―大正地獄篇〈下巻〉

黒旗水滸伝―大正地獄篇〈下巻〉

赤旗」が社会主義共産主義を意味するなら、「黒旗」が意味するのはアナキズム

本書は、大正時代の日本、デモクラシーと西洋化が進んだ裏側で進行していたアナキズムの動向を、難波大助、大杉栄伊藤野枝、和田久太郎、辻潤有島武郎杉山茂丸等々、当時の日本で活躍・暗躍していた一癖も二癖もある連中を通じて描き出す。劇画が上3分の2、文章が下3分の1という画文一体の作である(もっとも、画と文は完全にはリンクしていない)。ちなみに、劇画部分も竹中労が画コンテまで作り込んで『ジパング』のかわぐちかいじが画をつけたらしい。そのため、劇画部分の構成はかなり唐突でぎこちない。むしろ竹中労の作品にかわぐちかいじが画をつけた、と見た方が良いかもしれない。説明調が多く、ストーリー展開はすぐ途切れ、画も現在のかわぐちかいじに比べるとかなり落ちる。

にもかかわらず、これは一種の「名著」であり、同時に現代の「奇書」である。明治維新の明治時代と、満州事変や太平洋戦争の昭和前期に挟まれ、一見、日本が束の間の平和と繁栄を享受できたと思われがちな大正時代。本書は、その大正が抱えていた貧困と矛盾と国家の抑圧を徹底的に描くことで、この時代の暗部をえぐり出す。大正時代は明治維新の陰を引きずり、その矛盾が露呈した時代であると同時に、2・26事件や日中戦争、太平洋戦争を経てかたちづくられた現代日本の種子をはらんだ時代でもあったのだ。そのことを、本書は否応なく読み手の目の前に突き付け、そして問うてくる。大杉栄とは何者だったのか。大正アナキズムとは何だったのか。国家とは何か。自由とは何か。そしてなぜ、今の日本にはひとりの大杉栄も、ひとりの和田久太郎も出現しないのか……。

本書はいろいろな人物が登場するが、中でも軸になっているのが、大杉栄と難波大助。そして、本書のクライマックスも、大杉の死と難波のテロ決行シーンである。特に関東大震災後の混乱のなかで起きた大杉栄伊藤野枝らの虐殺事件はすさまじい。同道していた子供までも殺害し、井戸に埋めたこの事件、甘粕大尉の手によるものと言われているが、著者は別の見解を採っている。その見解を証明しようとして行われる事件の検証シーンには、推理小説的な面白さがある。

なお、本書下巻の巻末に、竹中労太田竜の『アナキズムの復権』というぶっそうな題の対談が載っている。この対談がなかなかラディカルで面白い。大正アナキズムを通じて、今の日本の本当の意味でのていたらくが見えてくる。本書そのものは細部が中心なので、最初にこの対談に目を通しておくと、全体像がつかめてよいかもしれない。