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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【851冊目】陣内秀信『東京の空間人類学』

東京の空間人類学 (ちくま学芸文庫)

東京の空間人類学 (ちくま学芸文庫)

東京オンリーの本なので、他の地域の方にはたぶん全然興味の湧かない本だと思う。だが、都市論とか地域論って、元々そういうローカリティがあるものなのだ。この読書ノートは、基本的に自分の「興味の幅」で書いている。その中には当然、自分が住み、働く地域そのものに対する興味も動いている。特に自治体職員たるもの、自分の勤める自治体の「地域」にキョーミがもてなくて、どうするんですか。

というわけで本書が対象にしているのは、東京の主に「山の手」と「下町」。それぞれの町並みの成り立ちや変容を歴史からたどっていく。

まず、山の手。ここの特徴は文字通り、武蔵野丘陵の起伏にそって都市形成がなされてきたこと。元々、ベースになっているのは大名屋敷。見晴らしの良い丘陵のてっぺん近くには参勤交代で江戸詰となった大名たちが設けた江戸用の邸宅があり、組屋敷や下級武士の家があり、川沿いの低地部には町人の住まいや商業地区があった。地形に逆らわない柔軟なまちづくりが行われてきたのがこのあたり。したがって、坂が多く、道は地形に沿って曲がりくねり、それが今の複雑で起伏の多い街並みに受け継がれている。また、広大な敷地を持っていた大名屋敷の跡地が今どうなっているかを地図でたどると、地域の歴史が浮かび上がるようにして見えてくる。

一方の下町。こちらは「水」がキーワード。もともと江戸は「水の町」であった。水は単なる景観ではなく、陸路よりすぐれた移動手段であり、生活空間でもあった。また、寺院や神社の多くが水辺につくられたのも興味深い。著者はかつての研究対象であったヴェネツィアと江戸・東京の下町を重ね合わせ、水路や掘割を中心とした街の成り立ちを比べた上で、両者の驚くべき類似性を論じている。また、盛り場や遊郭などのいわゆる「悪所」がこうした地域には存在し、一種のアジールとしての役割を果たしていたことを著者は指摘する。

山の手も下町も、並んでいる建物自体の歴史は、欧米に比べるとはるかに新しい。しかし、地形の起伏に逆らわず複雑に入り組んだ道や路地があり、そこに重層的に折りたたまれた歴史が息づいている東京は、実はきわめてユニークなかたちで都市としての伝統と歴史を今に伝えているのであり、その上に今でも絶えることなく、新たな歴史が刻まれているのである。例えば明治から昭和初期にかけての東京は、江戸以来の街並みをスクラップして西洋建築の街並みに変貌を遂げつつ、やはりその地形に合わせた独創的な建築物をつくり、それが今は新たな伝統としてしっかりと根付いている。当時のモダニズムがどのように東京を変えていったかを綴った本書後半は、今現在の東京の変化をどうとらえるべきかを示唆するものであり、非常に面白い。

都市の変化と継続性をどう見るか。東京という街がどのようにして「江戸」や「明治」を包みこみ、その上に「平成」を築いているのか。そんなことを考えながら街を眺めると、また違った見え方ができそうだ。