自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【846冊目】オギュスタン・ベルク『都市のコスモロジー』

都市のコスモロジー―日・米・欧都市比較 (講談社現代新書)

都市のコスモロジー―日・米・欧都市比較 (講談社現代新書)

最近読んだ『都市の日本』と同著者で、テーマも近い。日本に明確に焦点を絞っているわけではないが、日・米・欧の都市比較なので、結果的に日本の都市の特性について書かれている。とはいえ、単純な「日米比較」「日欧比較」の本、というわけでもない。むしろ著者によれば、本書が構想されたのは「日本(人)という実体と欧米(人)という実体をあまりにも簡単に対立させてしまうような日本(人)論の紋切型を打破するため」なのだそうだ。

そうはいっても本書の中心をなすのは、4つの「対比」の構図である。第1章「ユリアヌスの浴場と伊勢神宮」では、ローマ時代の浴場がそのまま残るパリと、20年ごとに遷宮する伊勢神宮を比較することで、「空間」に形を求める前者と、「時間」に形を求める後者を比較する。第2章「東山とウルビノの城壁」では、京都無鄰菴(むりんあん)の庭園が東山を「借景」としている(内から外への視線)のに対して、イタリアの古都ウルビノの統一的な景観(外から内への視線)を並べ、「内と外」に対する感覚の違いを検証する。第3章「宮とポメリウム」は、古代ローマで城壁に沿って設けられた空間(ポメリウム)が、その地帯内では建物の建設も耕作もできず、都市の外部と内部を決然と隔てていたことと、日本の「宮」こと神社が周囲の「宮の森」と一体化していることを比較し、そこから日米欧各国で見られる田園都市構想につながっていく。第4章「ナイアガラ瀑布と飯田橋の滝」は、本書全体の結論部分ともいえる内容であり、「場所性」と「都市性」が結び付けられることによる意味の創出が語られている。

本書のテーマは「都市性」である。これは都市そのもののハードとは別の、規則性をもって結合している認識可能なモチーフである、とされる。都市性はその都市の風土と結びつき、場所とつながり、そこに意味が生ずる。逆に、ハードとしての都市と都市性が切り離されてしまう例も見られる。典型的なのが、モダニズムの影響下にあって機能性と効率性を徹底的に追求した近代型の都市である。日本でもこうした「ニュータウン」的な都市が一時期たくさん生まれたが、「場所」を無視して人工的につくられたところは、あとからいろいろな問題点が噴出してきていると聞く。

本書の後半部分はかなり抽象度が高く、難しい。しかし、都市というものが単に人工的なハードの部分だけで成り立っているわけではないこと、特に自国の場所性や風土を無視した外国事例の導入は危険が大きいことはよくわかった。いろんな都市論を見ていると、ドイツやフランスの整った街並みと日本の雑然とした街並みを比較して、単純に欧米型を称揚するだけの議論が何と多いことか。もちろん他国の優れた都市を参考にするのは良い。しかし、それを日本で実現しようとするなら、平安京が長安をモデルにしながらも京の地形に合わせて変更を加えたように、日本の風土や場所性を十分に織り込んだ上でなくてはならない。そしてそのことは、都市だけではなく、福祉や医療、教育や産業など、いろんな分野に当てはまることだと思う。