自治体職員の読書ノート

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【837冊目】村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

走ることについて語るときに僕の語ること

走ることについて語るときに僕の語ること

この本を読むまで、マラソンなんて全然興味がなかった。ランニングすら、自分とは無縁の世界のハナシだと思っていた。走ることに毎日1時間を費やすくらいなら、もっと他の事(たとえば「本を読むこと」)に費やしたいと感じていた。

ところがこの本を読んだ後では、「走ってみても……いいかな?」くらいには、思えるようになっていた。おそるべし、村上春樹

本書は著者の、走ることに関連したエッセイ集である。村上春樹という作家が規則正しい生活を送っており、その中に運動も含まれていることは知っていたが、マラソンなどの長距離走にここまで入り込んでいるとは。なにしろ週ごとに60キロをジョギングし、年に1回はフルマラソンを走り、後にはトライアスロンにも挑戦していくという熱の入れようである。

だからと言って本書は、読者に対して押しつけがましく「あなたも走るべきだ」とは一言も言わない。ただ淡々と、走ることの奥深さと意義、それが人生に対して持っている効用、さらには走ることと小説を書くこととのおそろしく密接な関係、そして何より走ることによって得られる深い充実について書いているだけなのだ。ところが、私はそれを読んだ後、あれほど興味がなかったジョギングをやってみても良いと思っている。

走ることは人生のメタファーだ、と著者は言う。そして、村上春樹という作家にとって、小説を書くという行為のメタファーでもある。本書のひとつの醍醐味は、走ることとの比較において、村上春樹の小説の書き方がかなりの程度「暴かれて」いる点だ。あるいは、この程度の内容であればとっくに他のエッセイやインタビューなどで公開されているのかもしれないが、少なくとも私はこの本を読むまで、ここに書かれているような、村上春樹が小説を書く際の「考え方」と「方法」を知らなかった。もっとも、語られていない秘密は、まだまだありそうである。

一日の自由時間が極端に少ない現在の状況では、おそらく自分がジョギングを実際に始めることはないだろう。しかし「走ること」は、この本を読んだことによって、「全く無縁の話」から「今後の人生のオプション」に昇格した。そして、健康を維持することの大切さも、どこぞの医学博士が幾万語を連ねるよりも的確に伝わった。それはタテマエ的な理念ではなく、著者自身の経験と実感をストレートに書いたためだろう。私もいい加減、中高年と言われる世代の領域が先に見えてきた。健康ということについて、そろそろ正面から考え始めたほうが良いのかもしれない。