自治体職員の読書ノート

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【836冊目】松本健一『北一輝論』

北一輝論 (講談社学術文庫)

北一輝論 (講談社学術文庫)

評伝『北一輝』全5巻をはじめ、北一輝研究では松本健一がずば抜けている。本書は著者による北一輝関連の文章を集めたもの。来歴やロマンス、国体論の関係、与謝野鉄幹・晶子らの雑誌「明星」との接近など、多彩多面な方向から「北一輝」という人物を照らしだす一冊。

北一輝がいかなる人物か、ということについてはくだくだしく書かない。ただ、一般的には右翼思想家であったり国粋主義者と見る向きが多いと思うが、本書を読む限り、いわゆる世間的意味での右翼とは違う人物である。むしろ、革命家が本質的には愛国者であるのと同じように、本質的な意味で右翼であり、国粋主義者であると言うべきだろう。

北一輝個人主義者だったという。個人主義者が国家と相対するとき、国家は多かれ少なかれ、個人主義を抑圧し、制約する。それに屈して折り合いをつけて生きていくのが大多数であろう。少数はこれに反発し、アナーキストや革命家になるだろう。しかし北一輝は、国家が自らを抑圧するなら、むしろ自らが権力を得て国家そのものとなることを志向した、という。

だから北一輝は、右翼的でもあり左翼的でもある。執る手段は革命である。しかし、その究極目的は国家の転覆ではなく、自らが国家になることである。しかもそこには「浪漫」がある。「忍ぶ恋」が滲んでいる。そうした複雑な側面を見るには、本書の各論文がそうであるように、多面的に光を当てて、自分のなかに自分なりの「北一輝像」を作り上げるしかないのだろう。

私もそれが「できている」とはとても言えない。むしろなんとなく知っていたつもりだった「北一輝」という人間が、かえって良くわからなくなった。だが、北一輝を捉えることは、明治政府以来の「大日本帝国」のねじれと矛盾と葛藤を捉えることであり、社稷的国家と立憲君主制国家という、明治政府が抱え込んだ「裂け目」を感じることである、ように思う。著者は北一輝を「唯一の国民」であるという。その意味も、私はまだ十分に捉えられていないが、そこに北一輝と、そして近代日本の「ヒミツ」が隠れているような気がしている。