自治体職員の読書ノート

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【834冊目】新渡戸稲造『武士道』

武士道 (岩波文庫 青118-1)

武士道 (岩波文庫 青118-1)

宗教教育なき日本で、どのようにして道徳教育を授けるのですか?

ベルギーの法学者ド・ラヴレーからのこの「問い」が、著者に武士道を考えさせるひとつのキッカケになったという(ちなみにもうひとつのきっかけは、妻のメリーから、日本にはなぜこのような思想や風習があるのか、と問われたためらしい)。著者がこの問いを受けて自らの「道徳」がいかにして形成されたのか、それをたどって行き着いたのが、「武士道」であった。それは、1862年に盛岡藩士の子として生まれた著者が、自然のうちに受けていた「道徳教育」であったという。

その内容を西洋人向けに英語で書き下ろしたのが、本書『武士道』であった。刊行は1900年。わずか数十年前に鎖国を解き、門戸を開いたばかりの日本が急速に力をつけ、日清戦争で清国に勝利した後の時期である。おそらく当時の西洋では、「この日本という国はいったいなにものなのか」という興味や関心が渦巻いていたことだろう。この本は英米でベストセラーになったという。もっとも、単にタイミングの問題だけではないと思う。本書は「武士道」について単に日本側の説明だけに終始するのではなく、キリスト教の教義や騎士道との比較、日本を訪れた西洋人の手になる文献などをたっぷり使って、西洋的な考え方や価値観に対して武士道がどのような位置づけになるのか、をあきらかにしている。いわば武士道の世界に通ずる普遍性と日本のみの独自性を明確に書き分け、しかもそのバランスがとても良い。そのあたりが、西洋人を本書に惹き付けたのではなかろうか。

もちろん、現代的な視点からみれば気になる点は多い。そもそも武士道を日本人全体に通じる価値観とするのは少々無理があるし、それをもって日本人の精神を語るというのは無謀にさえ思える。しかし、興味深いのは、一見、軽薄なナショナリストや右翼の連中が飛びついてきそうなこういう本を書いた新渡戸稲造が、実は「太平洋のかけ橋」になりたいと渡米した人であり、キリスト者(クエーカー派)であり、エスペランティストであり、国際連盟の初代事務次長であり、軍国主義の高まる晩年には「我が国を滅ぼすものは共産党軍閥である」との発言が軍部や右翼の反発を買った人であったことだ。しかも、一方ではアメリカの反日感情を緩和するためアメリカに渡ったが、アメリカの友人にも敵側の代弁者として理解されなかった。「太平洋のかけ橋」になりたくともなりきれなかった新渡戸は、失意のうちに世を去ったという。

こういう人がこの本を書いたという意味を、私も含めていまの日本人は、しっかり考えなければいけませんね。