自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【817冊目】中西進『中西進の万葉みらい塾』

中西進の万葉みらい塾

中西進の万葉みらい塾

中西進氏といえば、日本文化研究、特に万葉集に関しては斯界の第一人者。その人がなんと小学校や中学校の教室で万葉集の授業をしたという。それも一度や二度ではなく、10回とか20回という回数。これはまあなんというか、柳田國男が小学校で民俗学の授業をしたとか、南方熊楠が中学校で粘菌について語ったとか、そういう「レベル」の話なのだが、しかもその授業内容が素晴らしいのだ。難しい文法論とか解釈論には一切触れず、ただ一つ一つの歌とじっくり向き合い、そこから万葉の時代、日本の原点にさかのぼり、いわば日本人の「こころ」の元型を導きだす。こんな授業を、一度でいいから受けてみたかった。

「中西先生」は、まず一つの歌を取り上げ、全員で何度も大きな声で読む。暗唱してしまうくらい繰り返し音読する。なぜなら、当時の歌は「書かれた」ものというより、まずは「口に出された」もの、音読を前提としたものだからだ。実際に声に出して読んでみると、確かに、目で読んでいたのとはまったく違った世界が立ち現れてくるのに驚かされる。例えば本書の最初に取り上げられた、次の歌。試しにまず黙読し、次に音読してみてください。

大宮の(おおみやの
内まで聞こゆ(うちまできこゆ
網引すと(あびきすと
網子調ふる(あごととのふる
海人の呼び声(あまのよびごえ

お分かりか。それぞれの句の一文字目が「ア行」で統一されているのだ。特に後半は「ア」の三連打。これによって歌にリズムが生まれ、そのリズムが歌自体だけでなく、歌の中身の「海人(漁師)の呼び声」のリズムにまで共振して、えもいわれぬ活気が伝わってくる。

音読だけではなく、時にはクイズを交えたり、時には生徒の一人ひとりに質問したりしつつ、一つの歌のもつ世界の奥深さ、そこにある万葉の時代の人々のモノの感じ方や考え方などを、中西先生は鮮やかに目の前に展開していく。自然と一体化した生活、無生物にすら感情を読みこむ情感のゆたかさ、親が子に向ける想いの深さ、命や魂に対する考え方……。そうしたものはまた、単に昔の人がもっていたというだけではなく、日本人がもっていた考え方や感じ方のアーキタイプでもあるのだと思う。だからこそ、著者はまだ心がやわらかい小学生や中学生に向かって、これほどの「本気の」授業に、数十回にわたって取り組んでいるのではないだろうか。