自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【798冊目】松岡正剛『連塾方法日本2 侘び・数寄・余白』

侘び・数寄・余白 アートにひそむ負の想像力 (連塾 方法日本)

侘び・数寄・余白 アートにひそむ負の想像力 (連塾 方法日本)

こんな日本論、滅多にない。

アートが中心となっているが、そこから不意に話が政治や社会に飛び火する。あらゆるジャンルを横断し、古代と現代を往還し、そこに共通する「方法」をあぶりだしていく。なるほど、「主題」ではなく「方法」をもって日本を語るとはこういうことか、と思わせられる。

日本のアートというと、西洋や中国のものと比べて、良くも悪くも、地味でおとなしい印象がある。しかし、本書を読むとそんな固定観念はあっさりひっくり返される。余白に潜む美の凄味。「負」を内包した感覚の極点、「欠けているから完全」という価値観。一見地味に見えるその奥には、とてつもないパンクでアヴァンギャルドな世界が潜んでいる。本書はそれを自在に引っぱり出して読み手の前にさらすことで、日本のアートの見方、ひいては「日本」そのものの見方を、これまでにないかたちで提示してくれている。

「本気の『和』というのはものすごいアヴァンギャルドなものなんですよ」と著者は語る。それは単に文化の話だけではないはずである。政治や社会や経済の奥底に横たわっているはずの、日本そのものの「方法」も、本気で向き合えばものすごくラディカルでアヴァンギャルドな面をもっているのではないか。しかしその方法の秘密の多くは、欧米化やグローバリズムや民主主義や、それ以外にもいろんな「外来の異物」に覆われてしまい、なかなかその深層に到達することができなくなっている。今必要なのはおそらく、そのような数々の「覆い」が何であるのかを見極め、その奥底にある日本の「本来」を射抜く目であるのではなかろうか。そんなことを、本書を読みながら考えた。謎を解き明かすためのカギのひとつは「多様」と「一途」。一見、相反するこの両者が重なり合うところにこそ、宝物は眠っている。

本書を読み終えた足で、銀座松屋でやっている「川喜多半泥子展」を見に行った。ここにもまた、「ラディカルでアヴァンギャルド」かつ「多様で一途」な日本の、ひとつの顔があった。「侘び寂び」だけでは、到底この茶碗は語り得ない。