自治体職員の読書ノート

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【797冊目】ヨッヘン・フォン・ラング編『アイヒマン調書』

アイヒマン調書―イスラエル警察尋問録音記録

アイヒマン調書―イスラエル警察尋問録音記録

これは恐ろしい本である。

数百万のユダヤ人を、選別し、移送し、収容し、殺戮する。その「仕組み」を担っていたのは、どんな「極悪人」でもなく、私と同じ「ただの人間」であった。そのことを本書は、ジェノサイドの首謀者のひとりアイヒマンへの尋問記録を通して読み手に突きつけてくる。

273時間にわたる尋問は、ありとあらゆる官僚的言い訳のオンパレード。自分の署名のある文書も「事務的な手続きであって詳細は知らない」と逃げ、命令に従って行ったことは「命令者の責任」とする一方、部下のやったことは「現場の判断であって預かり知らない」と言う。さらに、強制収容所までユダヤ人を移送したことを問われると「列車で運んだあとのことは管轄外」とも。そこにあるのは、組織の「無責任構造」の極限形態。責任は上・下・横に分散され、薄められ、結果としてこれほどの大量殺人の責任を誰も負わない仕組みができあがってしまっている。

ユダヤ人虐殺の首謀者と目されるアイヒマンは、実は凡庸な組織人であり、「ただの人間」であった……こうした指摘は、かつてハンナ・アレントが『イェルサレムのアイヒマン』で行い、心理学者スタンレー・ミルグラムも、心理実験を通して、責任を負わなくてよい人間がいかに無慈悲になりうるかを明らかにした。しかし、これらの告発の「元ネタ」こそが、実は本書の尋問内容と、それに基づいてイスラエルで行われた裁判であった。そして、アイヒマンの人間性にもっとも肉薄し、もっとも克明詳細にその所業を明らかにする一冊にもなっている。

なまじ抽象的な一般論に仕立て上げず、実際の尋問内容を淡々と記録しているだけに、そのリアルさは格別。アウシュヴィッツがまぎれもない人間の所業であり、アイヒマンはどこにでもいる平均的官僚であり、組織人であることが、厭というほどよくわかる。日本の霞が関にも、イラクやアフガンのアメリカ軍にも、さらには皮肉なことに、この尋問と裁判を行い、アイヒマンを裁いたイスラエルにも、第二、第三のアイヒマンはいるのだろう。いや、「わたし」や「あなた」自身が、時と場所さえ異なれば、ユダヤ人を移送する列車の手配を粛々と進めているかもしれない。闇とも悪とも違う、それよりずっと恐ろしい人間の本質とは何かが、本書を読めば見えてくる。