自治体職員の読書ノート

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【796冊目】辻邦生『フーシェ革命暦』

辻邦生全集〈11〉小説(11)―フーシェ革命暦1

辻邦生全集〈11〉小説(11)―フーシェ革命暦1

辻邦生全集〈12〉フーシェ革命暦2・3

辻邦生全集〈12〉フーシェ革命暦2・3

ジョゼフ・フーシェフランス革命では革命政府の内部で活躍、ナポレオンの下では警察長官を務め、秘密警察を組織して情報収集にあたり、王政復古後も警察大臣となったという、いわばフランス革命のすさまじい激動の渦中で常に勝者の側に身を置き、生き延びた。本書は晩年のフーシェの回想録という形をとり、フランス革命前夜の不穏と緊張から、革命序盤の有名な「女たちのヴェルサイユ行進」後あたりまでを綴った小説である。

2段組で全集の2巻分を占め、総ページ数1,200を超える長大な大河小説である。第1部と第2部は10年以上をかけて『文學界』に連載されたもので、それに書き下ろしの第3部を加えている。もっとも第3部は7章で中断されていて、単行本にも収められていない(全集版には入っている)。しかもその時点では、フーシェはまだ政治家にすらなっていない。彼の人生からすれば、まだまだ序盤、人生の準備段階である。フランス革命史からみても、ここで流れが途切れているのは奇妙としかいいようがない。なぜここでこの小説が終わっているのか、著者は意識的にここで小説を「終わらせた」のか、それとも迷いのうちに筆を擱かざるを得なかったのか。それは著者がこの世を去ってしまった以上、わからなくなってしまっている。

フーシェという人物はフランス革命史の中では評判のよい人物ではない。むしろ計算高く、冷血でしたたかな政治家として嫌われていると言ってもよいだろう。しかし、本書はそのような政治家となる前のフーシェを内面から描き出すことで、ややちがった解釈を試みているように思われる。著者の描くフーシェは、基本的に「行為者」ではなく「観察者」である。自ら何事かを成し遂げようとするよりは、政治や社会の流れを読み解き、何が起こっているかを観察することに喜びを感じるタイプの人間なのだ。そのことが本書では繰り返し説かれており、従来の「嫌われ者」としてのフーシェ像を崩そうという著者の意気込みがうかがえる。

ただ、語り手が「観察者」を以て任じていることもあって、本書は(特に後半以降)、フーシェという人間を離れて、フランス革命という空前絶後の事件そのものを描くものとなっている。特に、人々に「火がつく」バスチーユ襲撃以前の、三部会・国民議会をめぐる取引やフランス人民の悲惨な生活ぶり、国王と貴族たちの確執などをものすごく細かく、リアルに描いている。歴史そのものがそうであるように、本書も徹底した細部の積み重ね、ひとつひとつの事件や事象の連続で成り立っている。しかし、それが徐々に大きな流れを浮かび上がらせ、フランス革命という巨大な奔流となるさまは、圧巻。小説という方法を用いながら、歴史のリアリズムとダイナミズムをここまで描き出すことができるとは思わなかった。

そして、本書は小説としてとてつもなく面白い。上下巻合わせて1,200ページ以上の長さなのに、飽きる、だれるということがまったくなかった。ミステリアスな誘拐事件や渦巻く陰謀、農民の苦境と反乱、宮廷での隠然たる抗争と確執、人々の熱狂と暴走、それらが徐々につながりあい、フランス革命という巨大なひとつの流れとなってしまえば、もうやめられない止まらない。ヴィクトル・ユゴーアレクサンドル・デュマに肩を並べる、ロマン主義的大河エンターテインメント小説の傑作だと思うのだが、どうか。