自治体職員の読書ノート

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【792冊目】『ちくま日本文学013 樋口一葉』

樋口一葉 [ちくま日本文学013]

樋口一葉 [ちくま日本文学013]

樋口一葉の作品が、小説を中心にかなり幅広く収められている。『たけくらべ』『にごりえ』『大つごもり』『十三夜』『ゆく雲』『わかれ道』『われから』『雪の日』『琴の音』『闇桜』『うもれ木』『暁月夜』『やみ夜』『うつせみ』『あきあわせ』『すずろごと』『にっ記 一』『塵の中』そして、恋歌9首が入っていて、和歌や日記を除けば、一葉の作品はこの一冊でだいたい読めると思ってよさそう。コンパクトな文庫サイズにこれらがすっかり収まってしまうこと自体に、なんだか樋口一葉らしさを感じてしまう。

通して読んであらためて感じるのだけど、一葉が24歳でこの世を去ったとはどうしても思えない。それほどに、どの作品も多様で、純度が高く、ひとつひとつが独自のきらめきを放つ宝石のようであった。

文章が素晴らしい。江戸から明治に移り変わったばかりの、まだ和語が生活の中に生きていた束の間の輝きである。江戸と明治のはざまに生まれた奇跡の文体である。決して気取った文章ではない。むしろ江戸っ子のべらんめえ調が躍動し、気っぷのよさが風を切っている。だからこそ、かえって当時の言葉がそのままに匂い立ち、ここぞというところでの言葉の絞りが効いてくる。

そして、どの作品も女性に焦点があたっているが、その女性がどれひとつとして同じではない。男まさりの少女であったり、遊女であったり、おどおどした女中であったり、裕福な家のお嬢様であったり、その日の食べ物にも事欠く家のおかみさんであったり。ところが、まったく違う階級や立場や性格をもちながら、やはりそこにいるのは一葉の描く女性なのだ。近代化の波に覆われる前の、江戸の風情と心意気の残る女性。そこにいるのは、あるいは、どれも一葉自身の写し身であるのかもしれない。

さらに、どの作品も丁寧に言葉を紡ぎ、たんねんにたんねんに描写を重ねているのだが、それでいて最後は驚くほどあっさりと終わる。途中の言葉は濃密絢爛でも、ラストは思い切って言葉をそぎ、説明をそぐ。作品に対する未練そのものを、よく切れる包丁ですぱりと落としたような按配。その分だけ、読み手には言いようのない余韻が襲ってくる。ラストの思い切りの良さは、不思議なほどどの作品にも共通している。

一葉が本格的に創作に専念できた期間は、わずか1年ちょっと。その間に生み出された作品の完成度は信じがたいほどである。もっと長生きしたらどんな作品をものすることができただろう、と思ってしまう一方で、彗星のように現れて消えていったからこそ、これほどの作品を連打できたのかもしれない、とも感じる。樋口一葉。江戸から明治に変わろうとする日本が奇跡的に得た、えがたい作家である。