自治体職員の読書ノート

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【789冊目】田中宇『日本が「対米従属」を脱する日』

日本が「対米従属」を脱する日--多極化する新世界秩序の中で

日本が「対米従属」を脱する日--多極化する新世界秩序の中で

ニュースや新聞の「見え方」ががらりと変わる一冊。

例えば、鳩山政権の「東アジア共同体」構想をどうみるか。著者はこれを、世界的な「多極化」構造への移行の一面とみる。その前提には、一国覇権主義を貫いてきた米国自身の凋落がある。特にドルの信認低下はいちじるしく、各国はドルが崩壊しても自国の通貨が連鎖的に崩壊しないように、ドル建ての債券を金などに分散するなどの手だてを講じている。政治面でもブッシュ政権下の稚拙な外交政策がツケを残し、米英中心主義には無理が生じてきている。ここまでは、まあ日経などを読んでいればそれなりに推察がつくところ。

著者の分析に驚かされるのはこの先だ。著者は、実は米国政府自身が隠然と「多極主義」を推進しており(著者はこれを「隠れ多極主義」と呼ぶ)、表面上は一国覇権主義を唱えているように見えても、実は裏側で世界の多極化を進め、言い換えれば米国が「世界の警察官」を降りるように仕向けているというのである。しかし、その指摘が当たっているとすると、なぜそんなややこしいことをするのか。著者の回答は、米英中心主義を進めようとする「軍産イスラエル複合体」の反発を受けないようにするため。諜報活動や陰謀、プロパガンダに長けた軍産イスラエル複合体は、正面切って「米英中心主義をやめて多極化に転ずる」などと政治家が表明しようものなら、スキャンダルや陰謀によってその政権をつぶしにかかる。そのため、表面上は米英中心主義の立場に立っているように見せかけつつ、あえて「やりすぎる」ことで自滅的な効果を挙げ(イラク戦争のように)、結果として世界を多極化に導いているというのである。

一見すると眉に唾をつけたくなるような仮説だが、著者は世界金融危機を事前に「当てた」実績があり、おおよそ30万人くらいの読者がいるウェブページをもつ筋金入りのニュースウォッチャーである。また、そうした先入観を除いても、著者の分析にはなるほどと思わせるだけの裏付けとなる事実や関係者の発言などがあり、簡単に笑い飛ばせないだけの確度をもっていると感じられる。

また、2009年9月25日に開かれたG20の会合が、最終日に「今後はG8に代わりG20が中心となる」という声明を出したことを、著者は歴史的な転換点と読む。世界を動かす「システム」がこれによって根本的に変わったのだという。欧米日の協議によって経済政策が動かされるG8から、BRICを含む多様な国の代表によるG20への移行は、上に書いた世界の多極化に合致するものであり、ドル一極主義からの離脱であると考えられると著者は分析するのである。

そう考えていくと、対米従属路線からの訣別をかなりはっきりと打ち出している鳩山首相が、それまでの対米従属型の安倍・福田・麻生首相が延々待たされた日米首脳会談を早々に実現したことも、東アジア共同体からの「米国外し」に当の米国がそれほど強く反応しないことも、さらには(本書には書かれていないが)例の「1か月ルール」を逸脱してまで小沢幹事長が中国の習副主席と天皇の会見を実現させたことも、すべてパズルのピースがぴたりと合うように見えてくる(すべて、実は米国自身の「国益」に沿った動きなのである)。なお、天皇と習副主席の会見については国内でかなり非難ごうごうであったが、これはマスコミが小沢幹事長民主党を叩けば叩くほど民主党の「思うつぼ」なのである。なぜなら、「国民の批判を押し切ってでも会見を実現するほど、日本政府は中国を重視している」というメッセージが、マスコミのバッシングによって、かえって増幅されて中国側に伝わるのだから。中国はいわばこれによって「恩を着せられた」形になり、日本は外交上の得点を得たことになる(天皇の政治利用という論点もあるが、そのことすら小沢一郎は織り込んで動いているように思える)。

ちなみにこうしたことで鳩山政権の支持率がかなり落ちてきているが、実は民主党にとって支持率の低下はそれほど痛くない。自民党がほとんど再起不能状態で政治的ライバルがいない状態であり、選挙をやっても負ける要素がないからである。念のため。

ほかにもいろいろ面白い分析があり(たとえば、なぜ日本のマスコミは「対米従属」一本槍の記事しか書けないのか、なぜ普天間基地の移設問題で鳩山首相はずるずると返事を引き延ばしているのか、など)、目から鱗が何枚も落ち、ニュースや新聞の「裏読み」の仕方が分かること請け合いの一冊。私は鳩山首相を必ずしも支持するものではないが、少なくとも外交面に関しては、マスコミのバッシングがいかにも「底の浅い」ものに見えるようになってきた。