自治体職員の読書ノート

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【787冊目】ローリー・リン・ドラモンド『あなたに不利な証拠として』

あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)

あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)

驚くべき短編集である。

女性警察官を主人公としている点では警察小説なのだろうが、ミステリやサスペンスを期待すると肩透かしにあう。むしろ内容としては心理小説、あるいはハードボイルドに近いだろうか。謎は提示されても最後まで解かれることはなく、筋書き自体がほとんどないような短編もある。一本調子にストーリーを追うだけの読み方では、「ナニコレ?」で終わってしまうだろう。しかし、ひとつひとつの描写の厚みと迫力に気づくと、もう読み終わるまで目が離せなくなる。

本書の凄味は、なによりずばぬけた細部の描写にある。銃の質感。死体の匂い。警察官たちの世間話のリアリティ。銃を持った男に立ち向かう緊迫感。ひとつひとつのパーツがもつリアリティの重さと鮮やかさが尋常ではない。心理描写も巧い。本書にはキャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラという5人の「主人公」が登場するが、女性警察官という点でどこか似通った、しかしそれぞれに違った心の中を、おそろしく細やかに、丁寧に綴っている。かといってウェットなわけではない。むしろ文体はさばさばしていてクリアカットだ。しかし、そうやって「さばけている」のは、そうでもしていなければいろいろなものに心が押しつぶされてしまうためではないだろうか。そう、事件の悲惨さや、被害者の苦痛や、犯人に対峙する恐怖と緊張や、自らが過去に負った虐待や悲惨な経験、それ以外にもたくさんのものに。

冒頭の『完全』にまず驚かされる。ひとりの男を射殺した女性警察官の心理を、その射殺の瞬間を中心とした円環状の構造で描いた傑作だ。次の『味、感触、視覚、音、匂い』は筒井康隆を思わせる「感覚小説」。特に死体の匂いをこれほどの迫力で表現した小説を私はほかに知らない。『銃の掃除』は何と「二人称小説」。痛切で、繊細で、心が震える珠玉の一篇だ。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短編賞を受賞した『傷痕』も、真相探索型のミステリと思わせて実は・・・というもの。それは『生きている死者』も同じ。ミステリの読み方と小説の読み方の違いを考えさせられる。

著者は元警察官だという。確かにこれほどのリアリティをすべての細部に与えるには、警察の現場を知らなければ無理だ。しかし、それだけでこれほどの傑作を連打できるとは思えない。やはりこれは「才能」というべきであろう。しかもそれは、ミステリ作家というよりは、フィッツジェラルドの、あるいはカポーティの才能であるように思われる。