自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【782冊目】城山三郎『辛酸』

辛酸―田中正造と足尾鉱毒事件 (角川文庫 緑 310-13)

辛酸―田中正造と足尾鉱毒事件 (角川文庫 緑 310-13)

田中正造を知ったのは、たしか小学生の時の教科書だった。足尾銅山鉱毒問題を解決するため、安泰な議員職をなげうって奔走し、明治天皇への直訴を敢行した人物、というのがその通り相場であろう。しかし本書が扱うのは、「その後」の田中正造である。

鉱毒問題で揺れた谷中村は、渡良瀬川の貯水池として沈められることになっていた。水害対策がその名分であったが、田中正造らはその実効性のなさを指摘、むしろ鉱毒に汚染された村の実態を隠蔽することが目的だと非難した。しかし栃木県は村の意向を無視して村の合併消滅を一方的に決定、土地収用法を適用して、強引に村人を追い払おうとした。ほとんどの村人はあきらめて村を去ったが、田中正造とともに、19軒の家が残った。本書はそこから始まっている。

残留した人々への国家の仕打ちはすさまじい。法をタテにして残った家を引き倒し、その費用まで村人に請求する。堤防が切れて村が水浸しになり、住む家を失った人々はばたばたと倒れていくが、何らの救済もない。国家の横暴と残酷さ、それが法と警察力を背景にまかりとおってしまう怖さが、これでもかこれでもかと描かれる。田中正造を軸に村人たちはそれでも最後まで戦おうとするが、その途中、正造自身が倒れてしまう。本書は実は2部構成になっているのだが、第2部は、正造亡きあとの村人たちの戦いなのだ。

巨大な炎の塊のような田中正造の生きざまを、前半ではその存在をもって、後半ではその不在をもって描く。その手法の巧みさはさすがというべきだろう。真に偉大な人物とは、その不在によってこそ語られうる何かをもっているものである。そしてもうひとつ、この谷中村の悲劇は、明治という時代固有のものではない、ということを忘れてはならないと思う。水俣はどうか。四日市阿賀野川はどうか。諫早長良川はどうだったか。八ツ場ダムの問題とは何なのか。それを考えるとき、「谷中村」は終わってはいないことを思わざるを得ない。