自治体職員の読書ノート

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【763冊目】領家高子『鶴屋南北の恋』

鶴屋南北の恋

鶴屋南北の恋

江戸後期を代表する大作家のひとり、4代目鶴屋南北。彼がその最晩年を送った深川を舞台に、その最後の恋と活躍を描いた小説。

この著者のことはまったく知らなかったが、いやいや、これはなかなかの逸品である。南北が晩年の住処に深川黒船稲荷の敷地内を選んだことは歴史上の事実であるが、本書はそこに鶴次という辰巳芸者をからませ、なんと70代の南北との間の恋を演出。さらにそこに、複雑でどろどろとした当時の歌舞伎界模様を織り交ぜて、まさしく南北の作品さながら、虚実ないまぜの名品に仕立て上げた。

辰巳芸者といえば江戸深川に華を咲かせた遊女たち。「芸は売れども身は売らぬ」が身上で、気風のよさと情の厚さで江戸の「粋」を体現する存在であった。本書はその中でも抜群の人気を誇る「鶴次」を主役にして、あえて辰巳芸者らしからぬ「妾」という立場を選ばせ、遊里の女性ならではの矜持と色気に、老南北を軸とした歌舞伎界の絢爛と闇をぶつけてみせた。異質な世界の交錯が、物語に深みと複雑な色彩を与え、読む者を飽きさせない。

文章は、色恋の場面でも過度な感情を交えず、とんとんとリズミカルに進みつつ、女性ならではの細部への視線が光る。また、そうしたちょっとした細部に女性の気持ちを託して光らせるのがとてもうまい。要所要所での決めゼリフは決して外さず、それが物語全体を引き締めている。やや今風の言葉づかいも感じられるが、総じてなかなかの手際。遊びと趣向に満ちた南北の魅力にしびれ、『東海道四谷怪談』を読み直してみたくなった。