自治体職員の読書ノート

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【762冊目】クリストファー・ピアソン『曲がり角にきた福祉国家』

曲がり角にきた福祉国家―福祉の新政治経済学

曲がり角にきた福祉国家―福祉の新政治経済学

行政学の本を読んでいると必ずでてくるのが「行政国家」「福祉国家」という用語。国民福祉の向上のため積極的に経済活動や国民生活に関わる国家スタイルを指す言葉である(その反対語となるのが、経済活動を「神の見えざる手」に任せ、国家は最低限の社会秩序維持のみに関わるという、いわゆる「夜警国家」)。この「福祉国家」を積極的に推進する立場を「社会民主主義」という。その基本コンセプトは、ひとことでいえば「資本主義と福祉国家の両立」である。

しかしながら、もともと、資本主義社会の矛盾や課題を解決し、次の社会段階を提示するものとして登場したのは、マルクスエンゲルスらの社会主義共産主義であった。彼らの理論では、究極的には資本主義と福祉国家は両立不可能であり、後者の実現のためには前者を振り捨てなければならないとされる。一方、同じことを逆の立場で語るのが、新自由主義と呼ばれる一派。彼らは国家が過度に国民生活に介入するのを嫌い、経済活動を市場原理にゆだねることを基本とする。イギリスのサッチャリズム、日本で言えば中曽根元首相や小泉・竹中コンビがこれにあたるだろう。実は彼らも、「資本主義と福祉国家は両立不可能」と考える点では、正反対に思える社会主義共産主義と意見を同じくしている。しかし、本当にそうなのか。

彼らは福祉国家からの脱却を謳い、「その次」の国家のあり方を模索する。特に、世界的な経済成長が停滞してきた1970年代頃に登場してきた新自由主義者は、それまでの「福祉国家」「大きな国家」は経済成長を前提としたものであって、低成長の時代にあっては持続不可能であると主張した。そのかわりに彼らが提示したのは「小さな国家」「市場原理主義」「競争主義」であった。

こうした立場に対して、本書の著者ピアソンはあくまで「社会民主主義」の立場に立ち、福祉国家は持続されるべきものであるとする。本書の内容を一言でいえば、その結論に至るまでの長大な論証である。本書は前半で、福祉国家をめぐる理論的な問題を、社会主義、古典派経済学、新自由主義、さらには環境保護やフェミニズム、反人種差別主義といった驚くほど多角的な視点から明らかにする。さらに、福祉国家の成り立ちをたどり、その「矛盾と危機」についてまとめた上で、それでも福祉国家は擁護されるべきであり、継続されるべきであると主張するのである。

その論理的展開はきわめてゆっくりとしたもので、さまざまな立場の見解を並列的に示していく展開のため、「自分がいまどこにいるのか」を常に確認しながら読まないと議論の筋が見えなくなる。しかし、福祉国家をめぐる主だった議論のテーマを幅広く集めてあるため、福祉国家について論ずる際には読んでおくべき一冊と思われる。ちなみに、訳はかなりの「翻訳調」で、原文には忠実なのだろうがあまり読みやすくはない。

なお、本書は「福祉国家」の最前線であるヨーロッパ各国が中心に取り上げられているが、日本の今後を占ううえでも興味深いものを含んでいる。特に、民主党政権のスタンスについては、「社会民主主義」「新自由主義」がどのように組み合わされ、ハイブリッドされているかという視点から見ることで、いろいろ見えてくるものがあった。思うに、彼らがいま直面している矛盾とは、「福祉国家」への転換を「大きな政府」への転換抜きでやろうとしていることにあるのではなかろうか。たとえば「子ども手当」は典型的な福祉国家の施策だが、「事業仕分け」は効率化や民営化といった視点で言えば新自由主義的なスタンスに近い。このあたりの統一性をどのように打ち出していくかが、民主党政権の今後をみる上でのポイントになってくるのだろう。