自治体職員の読書ノート

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【758冊目】ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『ファウスト』

森鴎外全集 <11> ファウスト (ちくま文庫)

森鴎外全集 <11> ファウスト (ちくま文庫)

上の書籍データでは「作者:森鴎外」となっているが、当然ながら『ファウスト』の作者はゲーテ。ただ、今回読んだのは鴎外の訳で、それが森鴎外全集に入っているのでこのような表記になっているのだろう。もっとも、鴎外訳『ファウスト』は、最初の刊行時、すでにゲーテの名がどこにも入っていなかったらしい(本書巻末「訳本ファウストについて」で鴎外自身が書いている)。気づいた時点で直せないこともなかったが、ファウストと言えばゲーテ(鴎外は「ギョエテ」と書いている)に決まっているのだから大丈夫だろう、というような判断であったらしい。まあ、おおらかといえばなんともおおらかな話である(そもそも、現代であれば「ファウストと言えばゲーテ」という常識が通用するかどうかがアヤシイ)。

ついでに訳のことを少し書くと、『ファウスト』の邦訳には鴎外のほかにも相良守峯(岩波文庫)、手塚富雄(中公文庫、第二部絶版)、柴田翔講談社文芸文庫)、池内紀集英社文庫ヘリテージ)などいろいろある。なかで今回、鴎外訳を選んだのは、1冊にまとまっている便宜、大型書店で何冊か拾い読みしたところ比較的違和感がなかったため。実は、名訳として名高い手塚富雄訳を探したのだが、絶版となっているらしい第二部が図書館でも古本屋でも見当たらず、断念した経緯がある。一番新しいのは池内紀訳らしいが、散文形式になっているのがひっかかった。ドイツ語の韻文を形式だけ和訳しても…ということらしいが、やはり韻文独特のリズムは捨てがたいものを感じる。

さて、というわけで『ファウスト』だ。読む前は、高い山に登るような意気込みと身構えがあった。なにしろ、この物語に付きまとう評価ときたら並ではない。古今東西最高の文豪のひとり、ゲーテが生涯をかけて書いた戯曲であり、彼の最高傑作のひとつ、そして世界最高の文学と評する人も少なくない。構えずに読むな、というほうが無理な話だろう。

だが、読み始めると一気に引き込まれる。冒頭、ヨブ記を思わせる神と悪魔(メフィストフェレス)の会話から、ファウストメフィストフェレスの盟約、マルガレエテ(グレートヘン)との出会い、そしておぞましいワルプルギスの夜から狂気に陥ったグレートヘンとファウストの身を引き裂くような対話、そしてグレートヘンの死まで、第一部は一気呵成に読み通してしまった。ストーリーをあらかじめ、ある程度知っていたのもよかったのかもしれない(前後の描写が絢爛豪華なわりに、話の展開の肝心な部分が意外とあっさり書かれていたり、省略されていたりする)。いやいや、筋書きなど全然わからなくても、特にワルプルギスの夜から牢獄のグレートヘンの死に至るまでの濃密な展開は、まさしく「巻措くあたわざる」圧巻の一言。

第二部はそれに比べるとややスローテンポだが、その分、話は一気に重層多元的に展開。この世界だけにとどまらず、物語の範囲はギリシア神話ホメロスの世界にまで広がる。だいたい、ファウストが探し求めるのが『イーリアス』に登場するパリスとヘレナであり、ファウストはヘレナと恋に落ちるというのだから、まさしく虚実ないまぜの、二重にも三重にも世界が重なり合ったとんでもないスケールの話なのだ。第一部の世界観が、ここでは何倍にも拡張されて出現する。そして、後半は舞台がふたたび現世に戻り、ファウストが皇帝に加担して行った戦争への勝利によって、海岸沿いの土地を与えられる。このあたりの国家や支配に対するファウストメフィストの問答は、国家や政治の本質をえぐりだすようにして示しているように思う。特に菩提樹の下に暮らす老夫婦に対するファウストメフィストの「仕打ち」は、支配する者、その手先となる者、その犠牲となる者の関係そのものであり、政治と国家を考える上で忘れてはならない問題点を鮮やかに提示している。

そして物語はメフィストの追放、灰色の女による失明、そしてメフィストとの「盟約」の成立、それを裏切るようにしてもたらされるファウストの救済と、とんでもないラストに向かって突き進む。盟約によって地獄で悪魔メフィストに仕えるはずだったファウストに「救い」をもたらすのは天使たち、とりわけ「かつてグレートヘンと呼ばれていた贖罪の女」である。第一部の終わりで、ファウストとの間の子を沼に投げ入れたとして嬰児殺しの罪で牢獄につながれていた彼女が、きわどいところで天によって救済されたことと、彼女がメフィストの手からファウストを救済する側にまわるこの第二部のラストは、あきらかなコントラストをなしている。

地獄での奉仕と交換条件に人間に仕える悪魔、というモチーフは、いろんな小説や映画、漫画などに出てくるが、その嚆矢が『ファウスト』なのかどうかはよく知らない。ただ、この種のモチーフに共通するパターンが、早くもここには見えている。それは、(盟約という一種のルールに縛られているためだろうが)果てしのない欲望やエゴと、中途半端な善意や恋情を抱える人間に、むしろ悪魔の方が振り回され、翻弄されるというもの。人間こそがもっとも邪悪で、もっとも強欲で、同時にもっとも崇高で、もっとも気高い存在である。そのことをこのモチーフは、「仕える悪魔」という存在をそばに置くことによって、あからさまに、痛烈に描き出す。悪魔のほうがよほど正直者で、よほど忠実で、よほど善人なのである。なるほど、たしかにこれは、「世界最高の文学」だ。