自治体職員の読書ノート

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【730冊目】馬淵和夫『五十音図の話』

五十音図の話

五十音図の話

いまの五十音図の原型は平安時代にできたこと、ご存知だろうか。

ローマ字的な発想でできたもののようにみえるが、実はその来歴はずっと古いのである。ということは、その頃から、すでに「母音と子音」に類する区別があったのだ。実際、古い五十音図には、たとえば「カキクケコ」と並ぶ文字のそれぞれの脇に「クア クイ クウ クエ クオ(ヲ)」と、いわば音声を分節したものが載っている。本書はそうした、昔の五十音図の図表を眺めているだけでも面白い。特に、梵語サンスクリット語)に音韻の注のついた五十音図は圧巻である。

もともと日本のコトバは、漢字という外来の文字に日本固有の音声をあてるという二重構造のようになっているわけだが(万葉仮名にはじまり、ひらがなやカタカナは漢字を崩したり一部を図形化することで生まれた)、それだけに、五十音図をつくるということは、自分たちのコトバを、しかも音韻というわかりにくいものを対象にして、これを分析し、構造化することでもある。特にその出発点をつくったのが、平安後期の天台僧、明覚であった。その後も、五十音図の作り手には仏教関係者が多い。実はこれ、偶然ではない。

そもそもこうした日本語音声システムを整理しなければならない最大の動機は、海外から入ってくる経典を読むためであった。最初は中国で漢字表記されたものが入ってくるが、あとのほうになるとそれでは間に合わず、サンスクリット語で書かれたオリジナル経典を入手する。そうなると、言うまでもなく経典は「目で読める」だけではなく「声に出して読む」ものであって、これを読めなければ話にならない。そのためには従来の「いろは歌」だけでは不十分で(もっとも、いろは歌と五十音図の成立時期はそれほど変わらないらしい)、まずは自分たちの「音韻」を体系化し、漢字だろうと梵語だろうとそれにあてはめていくようなシステムをつくらなければならなくなる……ということらしい。このあたりの来歴が、いかにも日本らしい。

なお、本書は現代の五十音図にはじまって明治→江戸→中世→平安と、時間をさかのぼるように記述されている。そのため、五十音図でよく問題になる「ヤ行のイ・エ」「ワ行のヰ・ウ・ヱ」をめぐる混乱、ア行の「オ」とワ行の「ヲ」などの変遷については若干みえづらい。もっとも、本書は図版が豊富なので、図版だけを古い順に繰っていくだけでもその変遷は感じ取れるように思う。