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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【706〜707冊目】田口ランディ『富士山』『被爆のマリア』

その他の本

富士山 (文春文庫)

富士山 (文春文庫)

被爆のマリア (文春文庫)

被爆のマリア (文春文庫)

たまたま図書館で並んでいた同じ色の背表紙の2冊。それだけの理由で借りてきて続けて読んだのだが、妙に似ている2冊だった。

『富士山』は「青い峰」「樹海」「ジャミラ」「ひかりの子」の4篇をおさめる。共通するのは、いずれも遠景として(「ひかりの子」だけは富士登山だが)富士山が登場すること・・・・・・なのだが、小説自体は、実は富士山の清浄で神々しいイメージとは真逆の、現代の病理と闇にあふれたものばかり。

オウムを思わせる新興宗教での「修行」の日々と、人との親密な関わりを避けて生きようとするコンビニ店員の二つの生活が交互に書かれる「青い峰」。高収入・高学歴の家庭に育ち裕福に育てられた少年の抱える闇の深さ。「ゴミ屋敷」に生きる老婆と市役所の環境課に勤める青年の奇妙な人生の交錯。堕胎に携わる中で、堕胎を望む女性たちに憎悪を抱くようになってしまった看護師といった、いずれも今時の「フツー」の、しかも一筋縄ではいかない病理を抱えた人々ばかりが登場する。

『被爆のマリア』では、富士山の代わりに遠景として存在するのが原爆だ。富士山と原爆の違いといえば、前者が圧倒的な「光」「神」「清浄さ」であるのに対して、後者がすさまじい「負」「悲劇」「闇」を背負っているということ。思えばこれほど対照的な存在というのもめずらしい。しかし、その存在が「在るだけ」で周囲の人々にものすごい影響を与え、心を動かす力をもつ、という点では、とてもよく似ているといってよいかもしれない。

こちらは「永遠の火」「時の川」「イワガミ」「被爆のマリア」のやはり4篇。中で、これまでにない視点から「広島」を描こうとしていると思えるのが「イワガミ」だが、他の3編はむしろ、原爆を遠景としつつ、人々の関係や心の問題を描くことに重点が置かれている。

2冊8篇、いろいろな問題や闇を心に抱えた「ごく普通の」人々が登場するが、著者は彼らの誰に対しても、安易にその心の中を説明したり分析したりしようとせず、ましてや安易な「解決」などは決して提示しない。むしろ、そういうことではないのだ、ということを、著者は言いたいのではないかと感じる。著者は、一見目立たないが実はいろんなところにいる、目に見えづらい「弱者」たちの視点に立つことで、強者や正義やタテマエの側からは見えづらい世界像を提示し、世界というのはこのようにも見えるのだよ、とやさしく諭してくれているように感じる。