自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【705冊目】杉山隆男『兵士に聞け』

兵士に聞け (小学館文庫 (す7-1))

兵士に聞け (小学館文庫 (す7-1))

「鏡」の話から始まる。

自衛隊の建物には鏡が多いそうである。建物の至るところに姿見があって、隊員たちは四六時中、自分がどう見えるかを気にせざるをえない。そして、そのことは自衛隊という組織そのものにもあてはまる話。著者が「鏡」の話を冒頭にもってきたのは、おそらくその存在が、自衛隊というこの奇妙な組織のありよう自体をシンポリックに映し出しているからではなかろうか。

本書は自衛隊の文字どおり「内部」に分け入って書かれたルポルタージュである。文庫本で800ページ近い力作であり、しかも「兵士を見よ」「兵士を追え」と続く3連作の第1弾。だが、本書を読むと、自衛隊という組織とそこにいる隊員たちを描くには、この分量でも足りないかのように見える。

災害救助やカンボジアでのPKOなど、「表舞台」での活躍もしっかり書かれているが、印象に残るのはむしろ地味な訓練を繰り返す隊員たちの素顔である。世界有数の軍備を擁しながら、軍隊ではないと抗弁せざるをえない立場。戦う相手も見えない中で、過酷な訓練を繰り返す日々。「決して本にならない原稿を日々書いている」という、自衛隊の元幹部が語った表現が、まさにピンポイントで自衛隊の現状を言い表している。

そして、自衛隊ほど矛盾を抱え込んでいる組織は少ない。そもそも成り立ちからしてねじれている。憲法9条という「理念」と、東西冷戦という「現実」の間に鬼っ子のように生まれ、いわば国のホンネとタテマエの間に押し込まれてすりつぶされそうになりながら、しかしその「矛盾」を現場の兵士たちが毎日、粛々と飲み込みながら日々を送っている。そこはいわば戦後の日本が抱え込んできた巨大な欺瞞を吸い込んできた場所でもある。しかし、実際にそうした作業をしているのは、どこにでもいそうな普通の青年なのだ。その「リアル」には、ひたすら圧倒されるばかりである。同じ「公務員」としても、彼らのことはもっと知るべきであった。