自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【687冊目】鹿野政直『大正デモクラシーの底流』

大正デモクラシーとは何だったのか、考えさせられた一冊。

副題は「”土俗”的精神への回帰」。この「土俗的精神」と対照的なのが、大正デモクラシーに象徴される「近代的精神」である。個人を重視し、自由を尊重し、大衆の政治参加を求める大正デモクラシーは、主に知識人が担ってきた運動であった。しかし、そこに流れている西洋流の個人主義的で合理的な「近代」が、万人に受け入れられたわけではない。むしろ、それまでほとんど西洋近代精神を受け入れる素地がなかったところに、急激にこうした考え方が導入されたのだから、なかなかすんなりとはいかなかっただろう。

戦後民主主義が西洋思想の「輸入」であると時々言われるが、大正デモクラシーにしても、(占領下の新憲法制定のようなドラスティックなかたちではないものの)やはり「輸入モノ」であることには変わりない。その「輸入モノ」が、文明開化と外に向けての帝国主義の流れの中で、言い換えれば政治・社会・経済のすべてが一気に西洋化していく中で、それこそ吉野作造などのオピニオン・リーダーのもとたちまち普及していったのである。

反発が起きるのは当然であった。本書はその、大正デモクラシーに対する「土着的」「土俗的」レベルで起きた反発を、3つに絞って詳説している。第一は「創唱宗教」要するに新興宗教として、出口なおにはじまり出口王仁三郎に続く「大本教」の動きを解説する。第二は農村に広がった青年団運動。都市の知識人中心に起こった大正デモクラシーと、農村に巻き起こった青年団運動は、現在も問題となっている「都市と農村の格差」の構造そのものである。第三は「大衆文学」として、中里介山の大長編「大菩薩峠」をベースに展開する。「百姓的リアリズム」という言葉が登場するが、まさに大正デモクラシーに欠けていたものこそ、この「百姓的リアリズム」の視点であったのではなかろうか。

しかし、こうした動きはそれぞれいったんは極めて大きなものとなったにも関わらず、大本教は迷走のあげく手ひどく弾圧され、青年団は社会運動にも行きかけるのだが、最後は社会変革ではなく「自力更生」に重点を置くようになって運動体としては衰微する。大菩薩峠中里介山も、大正デモクラシーとは別のかたちのユートピアを夢想するものの、それを明確に描き得ないまま死去する。大正デモクラシー全体主義国家に転じたとき、「アンチ大正デモクラシー」として日本の土俗的精神を胚胎したこの3者も、一緒に昭和ファシズムに飲み込まれていってしまったのである。