自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

田中宇『米中論』『辺境』『国際情勢メディアが出さないほんとうの話』(#662〜#664)

米中論―何も知らない日本 (光文社新書)

米中論―何も知らない日本 (光文社新書)

辺境 世界激動の起爆点

辺境 世界激動の起爆点

国際情勢 メディアが出さないほんとうの話

国際情勢 メディアが出さないほんとうの話

アメリカと中国の歴史をたどりつつ水面下の「覇権闘争」を描いた『米中論』が2002年、チベットアフガニスタン、ガザなどの世界の紛争地をめぐる『辺境』が2003年、そして著者のニュースサイトから最近の分析記事をピックアップした『メディアが出さないほんとうの話』は2009年の刊行。

いずれも綿密な取材と分析に基づく世界情勢の解説なのだが、書かれた時期によって同じテーマでも微妙な変化がみられるのが面白い。実際の世界情勢が刻々と動いているのだから、それに基づく著者の分析も変わってくるのは当然なのだが、それでも、続けて読むことで、田中宇というジャーナリストの頭の中で起きている「ニュースのダイナミズム」の波形のようなものが感じられるのだ。

そして、そのダイナミズムは今も刻々と動いている。その内容をリアルタイムで追いかけるには、本よりこちらのニュースサイトの方が便利。なんといっても、新聞やテレビのニュースの見え方が変わってくる。「事実」は同じでも、そこから汲みとる「解釈」の深みが全然違うのである。

その分析の妥当性を判断するのは難しく、ところによってはやや「勘ぐりすぎ」のような気もしなくはないが、それでも新聞やテレビを見るよりずっとエキサイティング。特に、『メディアが出さないほんとうの話』の中でも核心となっている仮説には驚いた。「唯一の超大国」「世界の覇権国家」といわれるアメリカのことである。

今まで私は、アメリカは自ら望んで覇権国家の地位にあるものだと思い、その地位を維持するために「世界の警察官」として世界中の紛争に首を突っ込んでいるものと思っていた。しかし著者は、アメリカの真意はむしろ逆であり、アメリカは唯一の覇権国家としての地位を重荷に感じはじめているのだという。そのため、表向きは「覇権国家」として振舞いつつ、覇権の多極化に向けた「裏シナリオ」に沿って動いている。特に「G2」として、中国がアメリカと並ぶ覇権国家となり、その重荷を分け持ってほしいと願っているというのである。

さらにこの動きに、アメリカを影でうごかす「産軍複合体」の動きが加わる。このあたりはマスコミでもよく報じられていることだが、アメリカは「戦争をし続けなければならない」産業構造をもっている。そのため、アメリカが覇権を多極化するにしても、「産軍複合体」の顔色をうかがい、あるいは飼いならしながらということになる。さらに、世界不況の引き金となったサブプライムローンの背景にある、金融に依存したアメリカ経済の現状の問題もある。そのことはまた、経済面でも「ドル一極化」「アメリカ一極化」の負担からアメリカ自身が逃れたがっている、という指摘につながってくるのである。

他にもロシアのグルジア侵攻の意味、フランスのしたたかな外交戦略など、アメリカに限らず、世界各国がどのような意図をもってどのようにいま動いているのか、そのナマの姿を描き出している。その視点はどこか佐藤優氏の著作にも似ているが、佐藤氏が外交官という外交の「裏側」に実際にいたのに対し、田中宇氏はジャーナリストとして、基本的には公表されている情報源のみに基づいてこれだけの分析を行っている。そこに、マスコミとは違うフリージャーナリストの凄味を感じた。