澁澤龍彦「ねむり姫」「うつろ舟」「高丘親王航海記」(#643〜#645)
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澁澤龍彦というと黒魔術や博物誌、マルキ・ド・サドやコクトー、マンティアルグの翻訳紹介など、ヨーロッパの歴史や風俗をめぐる幻想や奇譚を書いたものが多いイメージがある。しかし、実は後年の澁澤氏は日本に傾倒し、日本の中の幻想世界を小説にしていた。この3冊は、いずれもそうした「日本モノ」である。
「ねむり姫」「うつろ舟」はいずれも短編集。中国や日本の古典・伝承をベースにして展開させた物語が多く、異様で奇妙なのだがどこか透徹した美しさがある。思い出すのは中国の白話小説を下敷きにした上田秋成の「雨月物語」。もっとも、その語り口は完全に澁澤龍彦のものになっている。
明確な「化け物」「モンスター」が出てくる小説はむしろ少ない。あやしげな兆候、この世のものならぬ存在の暗示があって、その正体が知れないまま物語が進んでいく。気がつくと登場人物はのっぴきならないところ、現世と異界のはざまのようなところに立たされている。そこで話はだいたいぷっつりと終わる。余計な説明、余計な解決はいっさいなく、異様な余韻と残響だけがある。
「高丘親王航海記」は、平城帝を父にもつ高丘親王の、天竺(インド)への旅路をたどった連作短編集。舞台は日本を飛び出して中国から東南アジアにわたり、熱気と湿気に満ちた独特の雰囲気のなか、やはり幻想的で耽美的な世界が展開される。
特に、この小説では夢がよく出てくる。小説の中に出てくる夢というと現実離れした妙にご都合主義的なものが多いのだが、この小説では現実世界がそもそも夢のような世界であって、夢と現実がほとんど同じように並んでいる。むしろ夢のほうが現実で、現実のほうが夢ではないかとさえ思えた。
とにかくどの短編をとってみても宝石のような、あるいはつかもうとすると崩れて消えてしまう氷細工のような作品ばかり。日本とアジアを舞台にした幻想小説の中でも、これは(特に「高丘親王航海記」は)最高度の傑作ではなかろうか。