自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【591冊目】広井良典「定常型社会」【592冊目】広井良典「持続可能な福祉社会」【593冊目】広井良典「グローバル定常型社会」

定常型社会―新しい「豊かさ」の構想 (岩波新書)

定常型社会―新しい「豊かさ」の構想 (岩波新書)

持続可能な福祉社会―「もうひとつの日本」の構想 (ちくま新書)

持続可能な福祉社会―「もうひとつの日本」の構想 (ちくま新書)

グローバル定常型社会―地球社会の理論のために

グローバル定常型社会―地球社会の理論のために

福祉」と「環境」。この2つの分野は、通常あまり関連付けられて論じられることはない。国はもちろんほとんどの自治体でも、両者はおそらく完全な縦割りの中におかれ、2つを総合的に捉えようという発想はあまりなかったと思われる。その中で、著者は両者を「経済」との関係において関連付け、そこから「定常型社会」という枠組みを構想している。

両者を統一的な視点で眺めるには、まず同じモノサシを用意する必要がある。著者は「富」というモノサシを提示している。これによって福祉と環境をそれぞれ捉えると、福祉は「富の分配」にかかる議論であり、環境は「富の総量」にかかる議論であるといえる。一方、経済とは「富の生産」にかかる議論であると同時に、「富の総量」の問題でもある。

例えばこれまでの日本では、経済の発展によって「富の総量」が増加してきた。その中で福祉という「富の分配」の議論をしてきたわけであるが、幸運だったのは、富の総量が増加し続けてきたため、その分配をめぐる議論がそれほどシビアにならなかったことであった。多少の不公平、不均衡があっても、富というパイ全体が大きくなることで、一定程度の不公平は解消できたのである。

しかし、そうした「総量増大」をベースにした経済成長前提モデルが、次第に立ち行かなくなってきている。総量規制をかけているのは、いうまでもなく「環境」という要因である。経済成長によって起こる人口の増大、資源の浪費、自然環境の破壊が危機的なレベルにまで進み、経済成長を前提とした福祉モデルが成り立たなくなってきたのである。そうなると必然的に、限られたパイの中でどのように富の分配を行うか、という議論が起きてくる。

こうした前提に立った上で著者は、現在の日本の社会福祉の給付水準がアメリカと並んで先進国では著しく低いことを明らかにする。特に児童や教育、雇用など、「人生前半の社会保障」がきわめて脆弱である。もちろん、こうした構造はこれまでも存在したのだが、経済成長による「分母の増大」に加え、会社が丸抱えで社員と家族の面倒を見てきた終身雇用社会や、公共事業による雇用創出が、いわば社会保障の肩代わりをしてきた。そのため、こうした問題はあまり顕在化してこなかったのだが、非正規社員の増加や公共事業の縮減などが進むにつれ、このような「ごまかし」が効かなくなってきたのである。所得保障や生活保障を、社会保障のレベルでしっかりと構築しなければならなくなってきたのだ。

著者がモデルとしているのは、ヨーロッパ型の社会福祉国家である。そして、税源としてはストック(資産)への課税強化(これは経済成長に伴う格差を是正し、平等なスタートラインを用意することで個人の自由度を拡大することにもなる)などに加え、環境税を強化してその分を福祉目的に振り替えることを提案する。ここに「福祉」と「環境」が政策レベルでつながってくる。

そうやって富の分配を適切に成し遂げた上で、構築すべき社会像が「定常型社会」である。これは、いまだに無限の経済成長を前提として各種の制度が組み立てられている日本やアメリカなどへのアンチテーゼであり、ヨーロッパ型の「低成長(無成長)+高福祉+環境配慮」に重点を置いた社会システムへの道筋であるといえる。

このことを、さらに途上国も交え、さらに人類の歴史や文化までも視野に収めて地球規模で展開したのが「グローバル定常型社会」という構想。一見、夢物語にも思えるが、実は人類の歴史のうちほとんどは「定常型社会」であったと著者は指摘する。農業革命や産業革命など飛躍的な技術の進展があった場合には人口や経済規模が爆発的に増加するが、それ以外のほとんどの期間は、実はすでに「定常型社会」であったというのである。そう考えると、著者の提示する社会像は人類にとってはふつうの状態への回帰にすぎないとも思えてくる。

「定常型社会」をめぐる著者の思想はきわめて目配りが広く、一種の文明史観にすらなっており、上に書いたのは私なりの理解(というか思い込み)にすぎない。たぶん間違いもいっぱいあると思う。ただ、上に挙げた3冊が日本や世界がおかれている現代的な状況を正確かつダイナミックに分析し、(実現可能性がどこまであるかはわからないが)一定の処方箋を提示しているのは確かであり、少なくとも私自身は、この処方箋は的確なものであると感じている。社会福祉と環境、経済という一見統一性のないテーマをがっちりと組み合わせ、編み上げた見事な作品である。