自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【588冊目】高柳蕗子「はじめちょろちょろなかぱっぱ」【589冊目】高柳美知子・高柳蕗子「子どもと楽しむ短歌・俳句・川柳」【590冊目】高柳蕗子「雨よ、雪よ、風よ」

はじめちょろちょろなかぱっぱ―七五調で詠む日本語

はじめちょろちょろなかぱっぱ―七五調で詠む日本語

子どもと楽しむ 短歌・俳句・川柳

子どもと楽しむ 短歌・俳句・川柳

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七五調というのは本当に不思議だ。

七五調に整えられるだけで、何でもない言葉が突然、リズムをもち、動き始める。脈動し、命が吹き込まれる。それは正統の短歌や俳句だけでなく、語呂合わせのようなものも同じ。「はじめちょろちょろなかぱっぱ」は、そんな語呂合わせや教訓・秘訣、あるいはさまざまな逸話を秘めた短歌や俳句の世界を案内する一冊。

例えば「せりなずな ごぎょうはこべら ほとけのざ すずなすずしろ 春の七草」。見事な五七五七七であるが、植物の名前を列挙しただけだというのに、なんとリズミカルで、しかも美しい音列であることか。あるいは「たてたてチョンチョンよこチョンチョン よこよこよこのたてチョンチョン」。なんだか分かりますか。実はこれ、「業」という漢字の書き順である。やや破調だが、リズミカルで一度覚えたら忘れない。

また、「堪忍のなる堪忍が堪忍かならぬ堪忍するが堪忍」とか「なせばなるなさねばならぬ何事もならぬは人のなさぬなりけり」などの人生訓めいた教えにも七五調が多い。早口言葉めいたトリッキーな印象で、押しつけがましさや教訓の臭みがほどよく抜けている。同じ内容でも、散文調で言ったら人によっては反感を覚えるだろう。

これだけではなく、この本ではさまざまな俳句や短歌を紹介するが、ポイントはやはり「七五調」という独特の調子のもつ魅力と威力である。そして、そのチカラを最大限に駆使したのが、短歌や俳句、川柳の世界。これをひたすら紹介したのが、2冊目の「子どもと楽しむ・・・」である。

これは、四季や動物、家族などのテーマごとに古今の短歌・俳句・川柳を紹介する前半と、短歌や俳句などの世界を説明する後半に分かれる。特に前半の、テーマごとの短歌や俳句などの紹介が素晴らしい。ほとんど解説抜きで、淡々と歌や句が並ぶだけなのだが、セレクションが絶妙である。万葉集から現代短歌まで、溜息の出るような絢爛たる名歌・名句のオンパレード。子どもと一緒でなくても楽しめる絶好の一冊である。

後半では、回文やアナグラムなどの「言葉の遊び」がふんだんな実例とともに取り上げられているところが面白かった。では、回文とアナグラムの傑作をご紹介。

戸をノックする家居留守靴の音(とをのっくするいえいるすくつのおと) 土屋耕一

行く春に鳥啼き魚や目尻拭け 南条ゆう
(中村草田男の「ふる雪や明治は遠くなりにけり」のアナグラム。しかも芭蕉の「行く春や鳥啼き魚の目は泪」になぞらえているという、超絶技巧的作品)

さて、3冊目の「雨よ、雪よ、風よ」は、やはり短歌の紹介なのだが、タイトルどおり「雨」「雪」「風」にちなんだ歌のみを取り上げているというユニークな選集。しかも、こちらはかなり突っ込んだ解釈も展開されている。感覚の世界だけで完結してしまいがちな短歌を、あえて「頭で考える」ように試みたというのだが、確かに、なかなかユニークな解釈が多い。中には違和感を感じてしまうものもあったが、ひとつのトライアルとしては面白いと思う。

むしろ本書での発見は、「雨」「雪」「風」のそれぞれが暗示的にもつ「意味外の意味」「連想的意味」の豊富さであった。たとえば雪であれば「孤独感の具現化」「思い出の保冷剤」「他者と隔絶」など実に14パターンにわたる連想的意味が提示され、それぞれに具体的な短歌が示されている(例えば「孤独感の具現化」であれば「人を待つ一人一人へ雪は降り池袋とはさびしき袋」(大野道夫)など、「思い出の保冷剤」であれば「かなしみの遠景に今も雪降るに鍔下げてゆくわが夏帽子」(斎藤史)など)のである。

こうした「連想的意味」「イメージ的拡張」の広がりは、散文の場合にも起こりうる。短歌では言葉が短いだけにそれがはっきりと感じられるが、どんな言葉であっても、辞書的な意味以外にイメージの拡張があり、意味の重層性、連想の多義性がはたらくのである。特にスローガンやキャッチフレーズなど、短くてイメージ喚起を促すような文を作る際には、こうした点、短歌や俳句に学ぶものは多い。