自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【569冊目】岡村久道「個人情報保護法の知識」【570冊目】園部逸夫編・藤原静雄他著「個人情報保護法の解説」【571冊目】夏井高人・新保史生「個人情報保護条例と自治体の責務」

個人情報保護法の知識 (日経文庫)

個人情報保護法の知識 (日経文庫)

個人情報保護法の解説

個人情報保護法の解説

個人情報保護条例と自治体の責務

個人情報保護条例と自治体の責務

私が役所に就職した頃は、毎年「職員名簿」なるものが作られていた。部署ごとに職員の名前、住所、電話番号が一覧になっているもので、たしか互助会の発行だったと思う。不掲載を希望する人は住所や電話番号を載せなくてよいのだが、それでも公私ともにいろいろ重宝したものだった。

それが数年後、突然廃止になった。こういう職員の住所や電話番号は「コジンジョウホウ」なのだそうだ。「コジンジョウホウ」をこうした冊子に掲載することは不適切であるから、廃止したのだという。

「コジンジョウホウ」という言葉が仕事の中でよく聞かれるようになったのもこの頃からだった。「これはコジンジョウホウだから」「これってコジンジョウホウだよね」という会話がフツウに交わされるようになった。驚いたのは、役所に来られた区民の方が体調を崩して倒れたので救急車を呼んだ時のこと。救急隊の方が応急処置をして、病院に搬送するというので搬送先の病院を聞いたら「コジンジョウホウなので教えられません」と言われたのだ。ついにコジンジョウホウもここまで来たか、と思った。

どこからともなく現れたようなコジンジョウホウだが、実はそれまでも、われわれの日常の中に普通に存在していた。ただ、言葉になっていなかったので、目に見えなかっただけだった(その一部は、「プライバシー」という言葉で呼ばれてはいたが……)。それが「個人情報」という言葉が与えられたことで、概念として不意に立ち上がってきたのだ。名づけえぬものは存在しない、とのたまった思想家がいたが、まさに「個人情報」こそがその実例であった。

もちろん、個人情報が重要視されるようになったのには理由がある。コンピュータ化が進んだことで個人情報の「可動性」が大幅に高まったこと、それに対して個人情報を「保護」しようとする動きが西欧諸国を中心に進んだこと。そして、グローバル化に伴って個人情報を含む大量のデータが国際間を行き来するようになったことから、EU諸国において、「個人情報に対する十分な保護措置が取られている場合に限り個人データを当該第三国に移転できる」とする移転制限条項が採用されたこと。

これはつまり、日本にとっては、国内で個人情報保護制度を整備しなければ、EU諸国との個人データ通信ができなくなることを意味した。貿易で経済が成り立っている日本にとって、このことは死活問題であった。

そしてもうひとつ、日本には個人情報保護制度を整備すべき国内事情もあった。いわゆる「IT立国」のための施策の一環として、政府は住民基本台帳ネットワークの整備を進めようとしていた。しかし、そこで最も懸念されていたのが情報漏洩のリスクであった。そのため、国は住基ネットの整備と並行して個人情報保護のための法整備を行う必要に駆られていた(しかし結局、いわゆるメディア規制条項などの問題で立法が間に合わず、住基ネットだけが見切り発車してしまい、そのためいくつかの自治体で「不参加表明」があったことは記憶に新しい)。

もちろん、個人情報保護法が求められた背景にはもっといろいろな要因があった。とりわけ、官民問わず繰り返された大量の個人情報データの流出事件が、法整備を後押しした。だが、ともかく個人情報保護制度は最近のコンピュータ化、IT化の推進の、いわば「影」の側面として、特に日本では急激にその意識が高まった。個人情報に対する無理解や過剰な保護が話題となったのも、そのあたりに原因があるのかもしれない。

個人情報をめぐる保護法制自体も複雑である。その中でも「基本法」的な位置を占め、特に民間における個人情報保護を規定する「個人情報保護法」について、コンパクトで分かりやすい解説を加えたのが、1冊目の「個人情報保護法の知識」。制度の説明から個人情報保護のノウハウ的な部分までバランスよく書かれている。また、2冊目の「個人情報保護法の解説」は、法案作成者による解説書。逐条解説がメインで、淡々とした記述ではあるが、立案者の考え方を通してこの法律の根本部分が見えてくるようなところがある。辞書的に使うのもよいかもしれない。

地方自治体の個人情報保護については、基本的に当該自治体の条例で規律される。条例の内容は自治体ごとで異なるため、通則的に解説することは難しい。そのためか、自治体自身の個人情報保護について解説した本はあまり見当たらなかった。その中で、3冊目の「個人情報保護条例と自治体の責務」は、その困難に挑んだ一冊。個人データファイルの運用管理、外部委託をめぐる問題など、主要な論点をいくつか選んで集中的に論じており、なかなか示唆される点が多かった。