自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【541冊目】黒岩重吾「天風の彩王」

天風の彩王〈上〉―藤原不比等 (講談社文庫)

天風の彩王〈上〉―藤原不比等 (講談社文庫)

天風の彩王〈下〉―藤原不比等 (講談社文庫)

天風の彩王〈下〉―藤原不比等 (講談社文庫)

著者は古代日本を舞台とした小説の第一人者。読んだのは初めてだが、なかなかの読み応えであった。

大化の改新蘇我氏を打ち破った中大兄皇子天智天皇)と中臣鎌足。その鎌足の次男が、本書の主人公、中臣史(後の藤原不比等)である。本書は、不比等の幼少期から始まり、天智、天武、持統、元明、元正、文武の6代の天皇のもとでのしあがっていく様を描いた小説。天武天皇のもとで出世を妨げられた不比等が、天武天皇の妻でもあった持統天皇の庇護を得て着実に勢力を伸ばし、ついには娘を文武天皇の妻とし、その息子が皇子となるまでを描く。

すさまじいのは不比等のもつ権力への野望の強さである。壬申の乱の影響でいったんは中臣の姓ゆえ天皇にうとまれたことが、逆になりふり構わぬ出世欲に転じる。また、そこで発揮される並はずれた知性の鋭さ、特に人の心を読む洞察力が凄い。一方、周囲の登場人物では、個人的にもっとも印象的だったのが持統天皇。父の天智天皇と夫の天武天皇の反目のはざまで悩み、息子や孫への強い愛情と天皇としての役割の間で揺れつつ、強いリーダーシップをもつ女帝として長く君臨した天皇であり、その人間臭さが何とも魅力的。他の登場人物にも人間としての厚みと深みが感じられ、それが小説としての奥行きにつながっている。歴史の考証もしっかりと行いつつ、そこに人間ドラマを見事に重ね合わせ、歴史と物語のあざやかな融合を実現している。

また、歴史の面からみると、日本の国家システムが構築された時期が描かれており、その意味での面白さもある。現代につながる天皇制の萌芽、律令制による「法治国家」の誕生など、古代日本が豪族の集合体から国家としての体をなしつつあるところがリアルに描写されているのである。司馬遼太郎などとはまた違った、骨太で味わい深い歴史小説である。