自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【520冊目】永井荷風「すみだ川・新橋夜話」

すみだ川・新橋夜話 他一篇 (岩波文庫)

すみだ川・新橋夜話 他一篇 (岩波文庫)

短編「深川の唄」、中編「すみだ川」、短編集「新橋夜話」をおさめた一冊。

「深川の唄」は雑多な都会から川を越えて深川を訪れ、盲目の三味線弾きの節回しに心を動かされるさまを描く。「都会」となりつつある明治の都心と、江戸の風情を残した深川のコントラストが印象的。「すみだ川」は、幼馴染だが芸妓となったお糸を思う長吉の切なさを描く名作である。痛切ながら余韻の残ったラストが見事。「新橋夜話」は、花柳界の息遣いを感じるように書いた連作で、実験的とも思えるものも交じっており面白い。

しかし、今回はあまり筋を追うようには読まなかった。むしろ荷風の描写する、明治の東京を味わいたくて本書を手に取った。少し都会を離れると田畑が広がり、雨が降ると道がぬかるみ、路面電車が縦横に走る当時の町並み、文明開化の風が通り過ぎた後の、旧時代と新時代が戸惑いながら入り混じっているような人々の姿。その様子をやや遠巻きに、皮肉っぽく眺めるような荷風の視点。とりわけ「新橋夜話」では、その上に、つつましい日常生活と絢爛たる花柳界の間を揺れ動く男たちの姿が哀愁たっぷりに重ね描きされている。