自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【517冊目】東野圭吾「容疑者Xの献身」

容疑者Xの献身 (文春文庫)

容疑者Xの献身 (文春文庫)

なんだか今更という感じもするが、読むことはずいぶん前に読んでいたのよ。感想を書きそびれているうちに時間が過ぎてしまっただけ。

さて、いまや超有名となってしまった「探偵ガリレオ」シリーズ3作目だが、前2作とはだいぶ様子が違う。長編であるというのもそうだが、何より探偵役の物理学者、湯川学が、これまでの理知的でクールな面ばかりでなく、大学時代以来の友人である石神を案じ、その犯罪行為に心を震わせる、感情的でウェットな一面を見せている。また、湯川と草薙刑事も完全な二人三脚ではなく、湯川がやや石神寄りになることで、微妙な距離感が生まれている。そのため、草薙自身が湯川の行動を探る場面も出てくる。そのあたりの入れ子構造的な部分が、小説にある種の奥行きを与えている。

もちろん、ミステリ小説としてもなかなかの出来。メイントリック自体はそれほど目新しいものではないが、それを含む犯罪計画全体の枠組が実に巧妙にできている。冒頭で提示されるとおり、もともと天才的な数学者で数学教師の石神が犯罪トリックを考え出す羽目になるのは、石神がひそかに想いを寄せる隣人の花岡靖子と娘の美里が、つきまとってくる元夫を突発的に殺してしまったため、花岡親子をかばおうと思ったためである。そのために考え出したトリックは当の花岡靖子らの想像をはるかに超えるものであったわけだが、それがおそらくはあまりにも完璧だったがゆえに、この物語は実に哀しく、残酷なラストを迎えるのである。才能を認めあう間柄である石神の罪を暴かざるをえない湯川もつらいが、花岡靖子を想い、守ろうとする石神の心情もせつないものがある。その「せつなさ」が、本書を単なる謎解き小説では終わらせず、愛情と自己犠牲をめぐる劇的なドラマにしているといえる。