自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【472冊目】松井今朝子「仲蔵狂乱」

仲蔵狂乱 (講談社文庫)

仲蔵狂乱 (講談社文庫)

国の某政策の余波を受け、最近、仕事が激烈に忙しい。そんな時のリフレッシュ手段として重宝するのが小説。仕事に役立つ本も大切だが、小説は別の意味で、私にとってとても大切な存在である。

さて、本書の舞台は江戸時代、歌舞伎役者、中村仲蔵の生涯を描いた時代小説である。文字通り、その出生から逝去までを一通り追っているのだが、メリハリが素晴らしく、仲蔵はもとより周辺の人物も多彩で深い。

筋立てはまさしくサクセスストーリーの典型である。厳しく芸を仕込まれた幼少期、悲惨な下積み時代、創意工夫で当たり役を掴んで一気に人気者となり、その後も波瀾万丈の中で押しも押されぬ大役者になるという展開自体はエンターテインメントのお約束だが、そう分かっていても引き込まれ、一息に読まされるのはやはり著者の筆力の凄さと、その背景となっている江戸時代や歌舞伎に関する膨大な知識のゆえであろう。とは言っても、ふんだんにちりばめられた歌舞伎の世界の描写は、歌舞伎のことをほとんど知らない私のような者でもすらすら読むことができるくらいわかりやすく丁寧なもの。たくさん出てくる登場人物も書き分けがしっかりしているため、似たような名前や役柄が多いにも関わらずほとんど混同することはなかった。ちなみに、一番印象に残ったのは、田沼意次家臣の三浦という人物。時折登場する脇役だが、その人柄が実に良い味を出している。