自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【429冊目】北森鴻「花の下にて春死なむ」

花の下にて春死なむ (講談社文庫)

花の下にて春死なむ (講談社文庫)

表題作のほか「家族写真」「終の棲み家」「殺人者の赤い手」「七皿は多すぎる」「魚の交わり」の計6篇からなる短編集。いずれも「香菜里屋」という一風変わった店が舞台となり、そこで交わされる会話が軸になって小説が進んでいくという仕掛けになっている。

「香菜里屋」の存在がとにかく不思議である。三間茶屋の路地の奥で都会のエアポケットのようにひっそりと営業しているこの店は、何種類ものビールが揃い、マスターの工藤が作る絶品の食事が食卓を彩る。この食事の描写が、この小説の魅力のひとつとなっている。

さらに、「香菜里屋」の客は謎解きが好きで、持ち込まれた謎を解こうとお互いに頭をひねってみせる。もっとも、どの客も「何が何でも解決」というような執念じみた気持ちではなく、謎を解くこと自体の愉しみに浸っているように見える。謎に解決を与えるより、その謎を手の上で転がしてみたり、表裏をひっくり返してみたりと、「謎で遊ぶ」というイメージが一番近いだろうか。そして、その中で工藤の作る料理が出てくるたびに、ややこしい話が止まり、視線が香菜里屋内部に戻ってくるのである。

さらに、そこにいる工藤の存在が実にすばらしい。料理も極上、サービスも満点ながら、さらに「謎」を解くにあたっても上に出る者はいない。実際、謎は仰々しく暴かれはしないものの、工藤によって控えめながらその核心部分がちらりと示される。聞いた話の断片だけで謎を解いてしまう工藤は、一種の「安楽椅子探偵」に近いかもしれない。

個々の短編はどれも秀作だと思うが、個人的には「花の下にて春死なむ」「魚の交わり」における俳人片山草魚が、本人は出てこないのだが実に印象的。また、それ以外で印象的だった話は「終の棲み家」。ハートウォーミングな佳話である。また、「七皿は多すぎる」は、鮪ばかり七皿も食べる回転寿司の客がテーマという「謎の提示」が面白かった。