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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【421冊目】田村明「まちづくりと景観」

場所・都市・風景

まちづくりと景観 (岩波新書)

まちづくりと景観 (岩波新書)

田村氏の本であるから、景観行政についてもやはり結論は「市民の手で」ということになるのであるが、それはともかくとして、本書の収穫は、景観とは何ぞや、という問いに対する自分なりの解答が少し見えてきたことであった。同時に、別の本を読んだときにうっすらと感じた、「良い景観」が一義的に決まるかのような印象(よく読めばもっとちゃんと書いてあるのだと思うが)への違和感も、ここで氷解した。

その内容をひとことでいえば、景観とは地方の個性そのものである、ということである。地方分権が叫ばれ、地方の特徴や個性を活かしたまちづくりが求められているというが、その「特徴や個性」をもっともわかりやすく、象徴的にあらわすものが「景観」なのである。したがって、望ましい景観とは地方によって千差万別であり、景観行政を行うはじめの一歩は、その自治体が「己を知る」ところから始まる、ということになる。無電柱化、電線の地中化ばかりが景観行政ではない、ということである。

だから、高層ビルが立ち並ぶ景観もアリだし、けばけばしい看板とネオンサインもアリ、ということになる。もちろん、それにはその地方における一定のコンセンサスが必要であり、現状の問題はそれが開発側の論理だけで無秩序に進行していることなのである。となると、次の問題はその「コンセンサス」をどのように得るかということであり、本書では「高い意識を持った市民」の存在が想定されているのだが、私が思ったことを僭越ながら付け加えさせていただければ、それにはその地域がひそかに、それと気づかずに共有している、わが町に対する無意識的なイメージを掬い上げ、形象化していくという繊細かつ困難きわまりない作業が必要になるのではないか、と感じている。それはいいかえれば、目に見えない「原郷」のありかを探し求め、それを景観の上に投影することだと思うのだが、そうした作業が可能なのかどうか、自信がない。