自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【401冊目】村上龍「半島を出よ」

半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)

半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)

半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)

半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)

2011年の近未来日本を舞台に、北朝鮮部隊による福岡占領という異様にリアリティのある状況を描いた小説。

とにかく細部のリアリティがものすごい。「有事」における日本政府の対応の支離滅裂さから占領された福岡の状況、北朝鮮部隊の内部から彼らのメンタリティまでが徹底的に稠密なリアリズムで描写される。特に北朝鮮の兵士の視点からの心理描写や北朝鮮での生活等を描くそのリアリティは半端じゃない密度をもっている。また、占領が日常化し、日本政府によって封鎖された福岡で、次第に日本政府への反発が起こり、それと比例して北朝鮮側への微妙なシンパシーが生じるところや、逆に北朝鮮の兵士も日本での占領生活が続くうちにその影響を受け、規律が徐々に乱れ、緩んでいくところなど、占領という状態による影響も細部をよく捉えて書かれている。

しかしこの作家の凄いところは、単にリアリティだけを追求しているのではなく、それに圧倒的なイマジネーションが加わっている点である。そもそも反乱軍を自称する北朝鮮部隊による福岡占領というメインアイデアだけなら、ノベルズ系の架空戦記モノあたりでいかにもありそうではあるが、それをここまで組み立て、さまざまな要素が絡み合った複雑な小説に仕上げるのは、相当なイマジネーションあってこそだろう。単なる発想の「飛躍度」ではなく、それを構築する「イマジネーションの筋力」がずば抜けているのである。なお大前提として「こんなこと起きるわけない」「北朝鮮がこんなことできるわけがない」などと書いている書評も散見したが、私はこの程度の事態であれば起きても全然不思議ではないと思うし、国民が餓死しようとも戦争遂行能力に国家を賭けている北朝鮮なら、この程度のコマンド部隊がいてもおかしくないと思う。

そして、この小説の評価の中でもっとも賛否が分かれているのが「イシハラグループ」である。個人的な印象では、この大きな欠落と負の部分を抱えた異様な集団は、読んでいて「希望の国エクソダス」のポンちゃんたちのグループを思い出した。正確には、「エクソダス」の彼らのような健全性を欠く、彼らの「ダークサイド」ではないか、と思ったのだ。もっとも、小説の系譜としてみれば、「エクソダス」も含めて、「愛と幻想のファシズム」や「5分後の世界」あたりからのつながりで見るのが本道かもしれない。