自治体職員の読書ノート

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【366冊目】小林章夫「コーヒー・ハウス」

コーヒー・ハウス (講談社学術文庫)

コーヒー・ハウス (講談社学術文庫)

17世紀半ばから18世紀中にかけて、主としてロンドンではやったコーヒー・ハウスをテーマとした本である。

コーヒー・ハウスといっても、これは単なる喫茶店ではない。今のスターバックスドトールとは違うのである。そこは文学や政治をめぐって喧々諤々の議論が飛び交う場所であり、近代文学の種をはぐくみ、ジャーナリズムのはしりが生まれ、おおげさにいえば近代ヨーロッパを準備する孵化器のひとつとなった場所であった。国王に疎まれ、時には禁止令まで出されながらも、したたかに1世紀を生き延びた自由と公論の場所でもあったのである。

本書はそのコーヒー・ハウスの発生から事実上の終焉に至るまでを描写し、そこで何が起こったのか、何が行われ、何が準備されたのかを明らかにする。今から見れば、そこは実にあやしげで胡散臭い場所であったらしい。何しろそこは、新聞などのジャーナリズムがまだ萌芽したばかりの当時にあって、経済から政治、文学まで、ありとあらゆる情報が飛び交う場所であったのだ。その情報を求める連中の中には、当然詐欺師まがいの連中や泥棒など犯罪者たちもいたし、そうでない連中も、駆け出しの文学者や政治的集団など、多くは海のものとも山のものともつかぬ者ばかり。まさに混沌うずまく都会の無法地帯であったのだ。

ただ面白いのは、こうしたわけの分からない胡散臭い混沌の中からジャーナリズムや文学が生まれ、政府にモノ申すような公論が発信され、ハーバーマスのいう市民的公共性の原型がそこに芽生えたということなのだ。その後、コーヒー・ハウス自体はさまざまな理由によって零落するが、そこから動き出したものは止められず、やがて近代ヨーロッパ社会を準備する。そこにコーヒー・ハウスという存在の類まれさ、ユニークさがあるように思われる。