自治体職員の読書ノート

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【364冊目】宮本常一「絵巻物に見る日本庶民生活誌」

絵巻物に見る日本庶民生活誌 (中公新書 (605))

絵巻物に見る日本庶民生活誌 (中公新書 (605))

「忘れられた日本人」などの著書で日本の庶民の習俗と生活に光をあててきた著者が、「絵巻物」を通して、日本の歴史上における庶民の生活ぶりを読み解く一冊。

絵巻物といっても、庶民を主役に描いたものはごく少ない。むしろ、メインとなっているのは、まったく別個の風物や物語である。その点は、多くの歴史書や物語と同様なのだが、ただ絵巻物が文字による描写と異なるのは、文字による説明ではばっさりと省かれてしまうであろう無名の庶民の生活ぶりが、絵であれば背景として描き込まれているという点だ。

本書はその点に注目し、背景のひとこまにすぎない庶民の姿を、虫眼鏡とピンセットで扱うように丁寧に取り出し、仔細なまなざしを注いでいる。そのきめ細かい視点に著者自身の膨大な民俗学の知見が加わった結果、貴族社会から武家社会へと変遷していく日本の歴史の流れの中で、淡々と営まれてきた庶民の暮らしが、見事にあぶりだされてくるのである。

本書を読んでまず感激したのは、庶民の暮らしぶりの思わぬ陽気さ、明るさである。日々の生活や労働のどのひとこまにも、人々の伸びやかで明るい表情が印象的。もちろん当時の庶民の生活が楽なことばかりとは思えないが、少なくとも一方的に虐げられ、弾圧されているだけでは、ああいう明るさは出てこないのではないか。

また、本書ではディテールこそが面白い。裸に裸足の生活が多かったこと、馬に荷を乗せて人がそれを引いていたこと、当時の排便や就寝のかたちなど、ある意味では当たり前すぎてどんな歴史書にも載っていない生活上の細部が生き生きと描かれている。中には、今の生活にまで尾を引いていたり、その原型となっている風習も多い。背景といえど絶妙の観察力と描写力でこれを残した絵巻物の作者も見事であるが、やはり驚くべきは、これを拾い上げ、つなげ、時代の変遷を見据えつつ的確に分析し、描写してみせる著者の造詣であろう。