自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【350冊目】大崎善生「パイロットフィッシュ」

パイロットフィッシュ (角川文庫)

パイロットフィッシュ (角川文庫)

主人公の「僕」は優柔不断で方向音痴な、40代のエロ雑誌の編集者。その現在と19年前を、元恋人の由希子との関係を軸に描いている。「現在」と「過去」が交互に進行するという構造になっている。

「僕」の部屋にある水槽が印象的。たくさんの熱帯魚や透明なエビなどが住むその水槽が、自分たちを取り巻く世界のメタファーのように語られる。特に、タイトルにもなっている「パイロットフィッシュ」が象徴的である。パイロットフィッシュとは、高価な熱帯魚などを水槽に入れる前に、その水槽の環境を整えるために入れられる魚のことを言うらしい。メインの熱帯魚が入ると、パイロットフィッシュは捨てられてしまうこともあるというが、「僕」はそれができない。そんな「僕」のやさしさが、この小説に心地よいやわらかさを添えている。

水槽以外にも、「水」がこの小説にはよく出てくる。冒頭、記憶をめぐるダイアローグでの「湖」、由希子とのセックスの後で語られる「バイカル湖」など。どれも透明な水である。そのせいか、この小説自体、読んでいてなんだか透明感を感じた。といっても、果てしなく広がる透明感ではない。むしろ水槽のガラスで仕切られた、一種閉塞した透明感なのである。広がるメタファーではなく、閉じているメタファー。その閉塞感がなんともいえない哀愁を感じさせる。

とても静謐できれいなラブストーリーなのだが、2人の閉じた世界だけを描くのではなく、様々な人々が「僕」にそれぞれの刻印を残して去っていく。人と人とが行き交い、関わり合うことの意味を考えさせられる。個人的には、エロ雑誌編集長の沢井が特に印象的だった。

ひとつだけ、読み終えて残った謎があった。

「僕」と「伊都子」って、「例の事件」より前にどこかで会ってましたっけ?