自治体職員の読書ノート

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【339冊目】レイモンド・カーヴァー「大聖堂」

大聖堂 (村上春樹翻訳ライブラリー)

大聖堂 (村上春樹翻訳ライブラリー)

表題作を含む12の短編が収められている。

カーヴァーの小説を読むのは本書が初めてだが、いや、これは良かった。基本的に、地味で冴えないアメリカのふつうの人々の冴えない暮らしぶりを描いているのだが、さりげない会話や行動、心理描写の積み重ねから、夫婦の心のわずかなすれ違い、人々の心にぽっかりと空いた穴、あるいは人と人との心が温かく寄り添うさまが鮮やかに描き出される。現代特有のむなしい行き詰まり感を容赦なく描きつつ、その中にほんのわずかな光明を灯している。カーヴァーの文章はとても読みやすいが(村上春樹の翻訳も見事!)、かなり客観的でそっけなく、大事なところもさらっと書いてしまうので、読み飛ばし気味に読んでいると「あれっ?」ということになりがちだが、その分、さりげない細部に思いがけない意味や含蓄があり、噛み締めるほど味が出る小説である。(それでもよく分からないところは、巻末に村上春樹が付した「解題」を参考にした。これはありがたかった。)

12編それぞれに違う味わいがあって、どれも詳しく書き込むというより余韻の残し方が上手い小説なのだが、印象が強かったのは「ささやかだけれど、役にたつこと」と「大聖堂」(ちなみに村上春樹はこの2編と「羽根」「ぼくが電話をかけている場所」を「個人的ベスト4」に挙げている)。

前者は、夫婦が事故で子どもを失うというショッキングな状況(子どもが息を引き取る場面は泣きそうになる)と、そこに(子どもの死を知らなかったとはいえ)子どもにかこつけて無言電話をかけるパン屋の話。夫婦とパン屋の対比もあるが、何より真実を知ったパン屋の言葉と行動が良いのである。悲しみと温かみのブレンドされた余韻が最高。

後者は、妻の古い友人である盲人を迎える夫の微妙な心境が、次第に解きほぐされ、盲人と寄り添っていく心の動きが鮮やかに示され、実に温かい気持ちになれる。二人が手を重ねて大聖堂を描くシーンも良いが、最後に夫が目を閉じて感じたことが・・・・・・。単なるヒューマニズムとか障害者に優しく、とか、そういうレベルではないのである。特に前半の微妙な内容、日本人の書いた小説だったら日本の出版社は出さないだろうなあ。しかし、最初にここまで踏み込まないと、このエンディングは絶対に出てこないのだが。