自治体職員の読書ノート

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【325冊目】水上勉「良寛」

良寛 (中公文庫)

良寛 (中公文庫)

大愚良寛

一度は禅僧として出家しながらも寺を去り、無一物での乞食生活を送りながら多数の詩歌や書を残した稀有の存在。本書は、単にその人生の足跡を辿るだけではなく、水上氏自身の解釈や想いをおそれず交え、水上流の良寛像をあますところなく描いた一冊である。

特に、良寛の出自(名主一家の長男)や、没落と解体を繰り返す家族のありよう、さらには飢饉にたびたび見舞われた当時の社会の悲惨な状況、堕落した寺の僧侶たちへの告発など、良寛の周辺事情を丁寧に描写することで、出家や放浪生活に至った良寛の心情に肉薄していく手法は見事。あえて小説というより伝記的なアプローチをしながら、大胆に良寛という存在の本質に切り込んでいる。

特に、寺での修行を抜け出して農家の壁にもたれて居眠りをする姿や、無心に子ども達と遊ぶ姿を、著者は良寛の本質とみているらしく、繰り返しそのシーンが登場する。物質的にも精神的にも、余分なものをなにひとつもたず、風のように生きた良寛をあえて家族や知己との関わりから描き、その孤独と静寂をしんみりと読者に感じさせる。

また、良寛の詠んだおびただしい長歌や短歌、漢詩をふんだんに取り上げている。その中で気付いたのは、良寛の歌には「技巧が消えている」こと。もちろん卓越した歌詠みとしての技巧はあるのだが、それがこれ見よがしに表に出ることが決してないのである。あくまで素直でさらりとした言葉を連ねるだけなのだが、それでいて歌としてまったく遺漏がない。しかもそこには自他の区別や人間と自然との境界、「敷居」というものがまったく見えず、すべてが渾然一体、ひとつとなって良寛のみじかい言葉の中に集約されてくる。まったく、何という詠み手であることか。