自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【309冊目】松尾芭蕉「おくのほそ道」

あまりにも有名な松尾芭蕉の代表作にして、日本を代表する「旅日記」のひとつといってよいであろう。断片的に中身に触れたことはあったが、通読したのは今回が初めて。

3月に江戸深川の庵を旅立ってから、東北、北陸をぐるりと回り、9月に尾張に達するまでの記録である。特に感動がもっとも高まる、全編のクライマックスというべきは陸前の松島、陸中の平泉あたりであるから、実は5月頃に旅のテンションはピークを迎えていたらしい。まあそれはともかく、当然俳諧が随所に織り込まれているわけであるが、その季語が「雛」で始まり、旅程とともに春、夏、秋と進んでいくところが、旅日記ならではの味わいと、一種の時間感覚を感じさせる。

さすがに有名な句も多いが、単独で触れるのと、こうして全体の構成の中で触れるのとではやはり全然違うように思う。たとえば、「荒波や佐渡に横たふ天の河」という句は、それだけでも雄大かつ美麗な傑作であるが、それが七夕の時期に詠まれたことを知るだけでも、その味わいが数段深まるであろう。元来、俳諧の滋味のひとつは、様々な要素が重層的に織り込まれ、重ねあわされて十七文字に結実しているところにあると思うのだが、そこには当然俳句が詠まれたシチュエーションやその場所のいわれ、ゆかりなども織り込まれているはずであり、名句といわれる句であればあるほどそうした傾向は強いように思われる。だからこそ、有名な句のつまみ食いばかりではなく、周辺の事情も含めて知り、味わうことが大切なのだろう。特に本書は、先人たちの軌跡や名所旧跡の謂れなどを辿ることが旅の眼目のひとつであり、それを俳句に織り込むことで感動を表しているようなところもあるため、尚更そうしたことがいえるように思う。