自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【302冊目】川勝平太「『美の文明』をつくる」

「美の文明」をつくる―「力の文明」を超えて (ちくま新書)

「美の文明」をつくる―「力の文明」を超えて (ちくま新書)

今の日本政府に欠けているものはいろいろあるが、その最たるものが日本という国のあり方に対するビジョンであろう。本書は「美の文明」という短い言葉で、そのビジョンを明確に示した一冊である。

「美の文明」の反対語は、アメリカに代表される「力の文明」である。著者によれば、今は日本にとって、今後進むべき道を決める岐路にあるという。一方の道は、アメリカに追随して「力の文明」の一翼を担う道。そしてもうひとつが、著者の提示する「美の文明」の道であり、韓国、台湾からASEAN諸国、オセアニアからオーストラリアまでを含む「西太平洋津々浦々連合」をかたちづくり、海によって結ばれた国際関係を樹立することであるという。

さらに国内では、最近の道州制と一見類似した、独創的な連邦国家案を示している。それは、北海道と沖縄を除く日本を「森の日本」(東北地方)、「平野の日本」(関東地方)、「山の日本」(中部地方)、「海の日本」(関西、中国、四国、九州地方)に分けるというものだ。沖縄は「島の日本」として独自の地位を占める。首都は東京から那須に移転し、そこに全国から木を集めて、木造の「森の議事堂」を作るという。

この発想は、一見すると荒唐無稽にみえるが、しかしそう言って笑い飛ばせない真実味が感じられる。この著者の視点の大きさと、それを裏付ける理想の高さ、構想力の確かさが裏づけになっているからである。この構想力こそ、明治維新の立役者たちが持ち合わせ、今の日本のリーダーたちに欠けているものではないか。

印象的だったのは、瀬戸内海の直島という地域における「美の文明」の実践例である。これは、直島町長の三宅親連氏と若き建築家の石井和紘氏のタッグによるもので、三宅氏のリーダーシップのもと、石井氏が町役場や学校などを、周囲の自然と調和した、ぬくもりがあって使いやすい建物に立て直したことが中心となっている。それにより、町の目抜き通りには斬新ながら周囲と調和した見事な建物が並び、町民がそれを誇りとする状況が生まれている。一方、三宅町長の国に頼らず独立心に満ちた町政運営についても触れられているが、まさに地方自治の鑑というべきであろう。この直島について知ることができただけでも、本書は収穫であった。