自治体職員の読書ノート

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【299冊目】佐治晴夫・松岡正剛「二十世紀の忘れもの」

二十世紀の忘れもの―トワイライトの誘惑

二十世紀の忘れもの―トワイライトの誘惑

科学、特に「宇宙物理学」などといわれると、難しく堅苦しい感じがして腰が引けてしまうのであるが、本書で展開される宇宙の話はそういう世界とは対極にある。理詰めの冷たい世界ばかりではなく、そこに感覚的なもの、あるいは一種の郷愁のようなものがふんわりと感じられるのである。何より印象的だったのは、「われわれはみんな、元々は星のかけら」であるというくだり。われわれの身体を構成している物質は、そもそも宇宙のどこかで爆発して飛び散った星のかけらに含まれていたものだというのであるが、それにしても、こういう語り方をされると、なんだか夜空の星の光と自分がつながっているような、なんともいえない感覚を覚えるのではないだろうか。

本書は、宇宙物理学者の佐治晴夫氏と、現代の「知の巨人」松岡正剛氏の講義と対談が交互に登場する。そこで語られるのは、宇宙の話を軸にしながらも生物の発生、意識とは何か、実在と非実在について、など、どれひとつとっても科学から哲学までを総動員してかからなければならないような現代の大問題ばかり。むろんそうした知識の面も存分に語られるのだが、面白いのは、そこにお二人のこれまでの過去の体験や、その時々で感じてきた「想い」のようなものがからんでくること。それはつまり、思索というものに対して、思索するおのれ自身のことが勘定に入っている、ということなのだと思う。こうした見方はおそらく、いわゆる自然科学の、対象を客観的に観察する視点とは正反対のものである。そこをこの二人は軽々と飛び越え、さらに古今東西の詩歌や小説、芸術を縦横に参照しつつ、物事の「きわ」、昼と夜とが溶け合うトワイライトの「あわい」を逍遥していくのである。

そんな対談であるから、本書は何かをきっちりと論じて結論を出す、というような無粋なことはしない。むしろ、そうした方法とはまったく異なる、部分に焦点をあて、ずらし、他の思いもかけない部分と結びつけたりしながら、こうした見方をとらないことには現れてこない「大切な何か」を提示してくれているように思われる。こういう対談集が売れるようになると、今の日本もちょっとは変わってくると思うのだが・・・・・・。