自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【296冊目】山岸俊男「安心社会から信頼社会へ」

「安心社会」と「信頼社会」。どちらもなんとなく意味は分かるものの、両者の違いをきちんと説明することは難しい。特に、最近の治安の悪化や隣人同士のトラブル、常軌を逸したクレーマーなどの問題は、信頼社会の崩壊なのか、安心社会の崩壊なのか。そのあたりの、とかく曖昧になりやすい「安心」と「信頼」を、本書では明確に峻別し、その違いを対照的かつ明確に描き出してみせる。

本書によれば、安心社会とは、よそ者が排除されるような閉鎖的な社会を固守することによって、対人関係における不確実性を低め、その代わり過剰な「機会費用」を支払っている社会をいうのであって、従来の日本社会はこちらに該当するという。一方、信頼社会とはむしろよく知らない人同士の不確実性に満ちた人間関係において、いわばその不確実性を「飛び越えて」相手を信頼することのできる社会をいう。その違いがもっとも鮮明にあらわれるのが、初対面の人間をどれほど信頼することができるか、という実験である。その結果、日本人は例えばアメリカ人と比べて相手を信頼する率が低かったという。

特に面白いのが、両タイプに求められる知性の質の相違である。本書によれば、安心社会における知性は、周囲の人々の間の関係性を読み取る「地図型知性」と言いうるのだが、この知性が高いからといって、相手の人間性に対する洞察力は高いとは限らず、むしろ一般的な知性とは逆相関の関係にあるという。一方、信頼社会における「ヘッドライト型知性」は相手の人間性を読み取る洞察力にすぐれ、初対面に近い相手であってもその信頼性を的確に読み取ることができるというのである。そして、「地図型知性」は地図のない場所(つまり、知らない人ばかりの場所)ではまるきり役に立たないのに対し、「ヘッドライト型知性」は応用がききやすい。なお、本書では信頼社会における重要な要素として、個々人が備えるべき「ヘッドライト型知性」に加え、情報の透明性が高い社会環境を挙げている。すなわち、行政でいえば情報公開の徹底である。「信頼社会の成立」と「情報公開制度の充実」は車の両輪なのである。