自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【292冊目】茂木健一郎「脳内現象」

脳内現象 (NHKブックス)

脳内現象 (NHKブックス)

たとえば、私がある風景を眺めているとする。山々や森の木々、その合間に家が見え、道がうねっている。空は青く、どこからか川のせせらぎや小鳥の鳴き声が聞こえてくるとする。そのとき、脳の中では何が起きているのか。個々の視覚的、聴覚的な刺激によって、私の頭の中では一定の感覚(クオリア)が生ずる。それは、脳内の神経細胞が相互に反応した結果である。しかし、その全部を総体として認識し、いわば個々のクオリアを生み出す神経細胞全体を眺めているのは「何」なのか。言い換えれば、意識とは脳の活動の水準で言えば、どのようなものなのか。

本書は、こうした「意識とは何か」という大問題に、脳科学の知見から取り組むものである。もちろん、脳の中には神経細胞とは別に「小人(ホムンクルス)」がいて、脳全体をモニタリングしているわけではない。しかし、相互につながりをもつ神経細胞そのものに、自らを総体として認識する「意識」があるといえるのか。そもそも、なぜ人間には意識があるのか。意識がなければならない理由(本書でいうところの、客観的に見れば外界に対して適切に反応できるが意識をもたない「哲学的ゾンビ」ではない理由)とは何なのか。こうした問いは、われわれが意識の存在を自明のものとして認識してしまっているだけに、かえってややこしい。本書はさまざまな脳科学研究上の事例を引きつつ、この難しい問題に正面から取り組んでいる。その中でうっすらと見えてくるのは、神経細胞相互の関係性そのものの中に、「メタ認知」としての意識があるのではないか、ということのように思われる。

意識についての問いは、ある意味で究極の問い、究極の謎であるのかもしれない。そこはもしかしたら、科学と哲学、存在論と認識論が出会う場所、宇宙の成り立ちと同じくらいの、解き明かされるべき謎の最奥部にある問題なのかもしれない。本書はその答えを提示するものではないが、謎の所在を明らかにし、その洞窟の入り口くらいまではわれわれを案内してくれているように思う。著者は、常に具体的な事例に戻りつつ、きわめて分かりやすい説明を展開してくれているが、だからこそ「意識とは何か」という問いが、大きく覆いかぶさってくるように感じられた。