自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【280冊目】佐藤優「国家論」

国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス)

国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス)

「国家」を語る試みは数多いが、本書はその中でもかなりのスグレモノだと思う。何より国家に対する距離感が絶妙である。国家を論じた本の多くは、得てして国家というものに近づきすぎてその圧倒的なリアリズムに飲み込まれ、あるいは距離を置きすぎて抽象的になりすぎてしまうのだが、本書は「外部から国家を語る」というスタンスを貫いた上で、しかし理論に偏らず、今まさに生じている具体的な政治や社会、経済の局面をつねに参照しながら、理論的かつきわめて実践的に、国家の現場に切り込む国家論を作り出している。

本書はそのために、いくつかの道具を用意する。まず、マルクスの「資本論」と、それをもとに展開された宇野弘蔵の解釈を使って資本論の立場から国家と社会の位置づけを明らかにし、次にアーネスト・ゲルナーナショナリズム論と柄谷行人の世界共同体論を使ってナショナリズムや共同体論の切り口から切り込み、さらにカール・バルトの「ローマ書講解」に拠って、聖書を介した「国家と神」を論じる。いわば、同時に多方面からのアプローチを行うことによって、国家というものの実体を浮き彫りにしようとしていくのであるが、その中で一貫して息づいているのが、著者の「インテリジェンス」的方法論である。
著者によれば、その要諦は「既成の学説から生きた現実の情勢分析に役立つ部分を抽出すること」。まさに本書は、マルクス・宇野学説やゲルナー、柄谷、バルトなどの理論を「使って」、生きた現実である国家を解剖しているといえる。また、著者は神学部の出身らしいが、その神学で使われる思考方法が国家分析に応用されているのも面白い。

冒頭で著者は問題を提起する。国家は暴力機関である。にもかかわらず人々が国家から逃げ出さないのはなぜか? と。そして、本書の分析は絶えずここに回帰する。国家は一種の必要悪である。とすれば、その存在に対してわれわれはどうすればよいのか? そのひとつの答えは「不可能の可能性」を信じること。そして、国家に対峙するものとしての社会を強化すること。その処方箋をわれわれが活かせるのかどうかについては、著者は悲観しているような気がするが。それにしても、これほどの該博な知識と強靭な知性の持ち主が外務省にいる(周知の通り、現在は起訴休職中とのことだが)こと自体が驚きである。この人の本を読んだのは初めてだったが、もうちょっと読んでみたいと思った。