自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【278冊目】 金子郁容・藤沢市市民電子会議室運営委員会「eデモクラシーへの挑戦」

eデモクラシーへの挑戦―藤沢市市民電子会議室の歩み

eデモクラシーへの挑戦―藤沢市市民電子会議室の歩み

自治体が設置した「電子会議室」の先駆的試みであり、数少ない成功例でもある「藤沢市市民電子会議室」の成り立ちを辿った本。

初めてで手探りの試みということもあろうが、本書を読むと、電子会議室というものがなかなかに一筋縄ではいかない難しさをもっていることがよく分かる。特に行政にとっては、関連するテーマが出てきた時に「何も言わない」ことはできないし、発言するにしても即時のレスポンスが求められる。通常であれば行政としての立場を表明する以上、内部での意思決定(決裁)も必要だし、議会との調整もあるし、といった具合で、どうしても時間がかかってしまうと思うが、電子会議室ではそういうわけにはいきにくい。だからといって担当者が無責任に発言してしまうと、それが後日、いらざる不信や不安の種となってしまう。そのあたりの問題や、いわゆるフレーミング(炎上)の怖さもあって、興味はあっても導入には二の足、という自治体関係者は多いのではなかろうか。

藤沢市はそこをあえて取り組んだ。その背景には、もともと市が培ってきた市民参加、市民との協働への高い意識と実績があることも見逃せない。しかし、それでもやはり電子会議室の運営にはいろいろな苦労が絶えなかったらしく、本書ではそのあたりの事情や、対応して市の担当者や公募メンバーによる「運営委員会」がとってきた対応について、具体的でなまなましい経緯が記されている。

もっとも、本書は単なる実例紹介書ではない。藤沢市の取り組みを通じて、本書ではeデモクラシーの実現、すなわちインターネット等を介した民主主義の可能性についても論じていく。これまでeデモクラシーとして論じられていたテーマの多くは、電子投票などのハード面での取り組みであった。しかし、本書のような電子掲示板という方法は、そうした従来のものとは異なり、民主主義のあり方そのものを大きく変えうる要素を秘めている。本書によれば、単なる「投票」や「苦情」「要望」などの一方通行的なアプローチとは異なり、電子会議室のような方法は、互いの議論や討論を通じたいわゆる「協議的民主主義」の場となりうるという。そして、電子会議室はウェブを介した「コモンズ」となり、そこで豊かなソーシャル・キャピタルがはぐくまれ、そこを起点としたコミュニティが、これまでにないかたちで叢生してくるというのである。こうなってくると、軽い気持ちで導入され、従来どおりの「自治体主導」のやり方で運営されてきた電子会議室の多くが失敗し、廃れてきた理由がよく分かる。これはひょっとすると、コミュニティを変え、民主主義のあり方を変える「爆弾」なのかもしれない。