自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【270冊目】伊藤修一郎「自治体政策過程の動態」

自治体政策過程の動態―政策イノベーションと波及

自治体政策過程の動態―政策イノベーションと波及

「情報公開条例」「環境基本条例」「環境アセスメント条例」「福祉まちづくり条例」の4つを例に、自治体における新規政策の導入プロセスを研究・考察した本。

単なる印象論やあるべき論ではなく、具体的な事例を実証的に検討・分析している。その分析プロセスが本書の核となっているのだが、これがなかなか面白い。同じような条例でも、導入時期やその自治体の状況、首長や議会の特性などで導入プロセスがまったく異なるのだが、イベント・ヒストリー分析によってこれらを相互に比較することで、政策の特性に応じた共通点があぶりだされてくるのである。

一般に、自治体の政策導入プロセスを論じるとなると、先進自治体に目をつけて、個々の自治体の内部的条件(内生条件)ばかりが着目されることが多い。しかし、本書では内生条件もさることながら、自治体同士の相互参照プロセスに着目し、さらには国の政策導入の前後でその態様が変化することを実証している。それが「動的相互依存モデル」である。具体的には、国が最後まで動かない場合(例:情報公開)は、個々の自治体の内生条件に応じて、先進自治体、後発自治体がそれぞれのかたちで相互参照を繰り返すこと、国が先導して法律等を制定する場合(例:環境基本法)は、内生条件の違いに関わらず、「横並び競争」状態でいっせいに制度導入が果たされる。もっとも、環境アセスのような規制条例では利害関係の衝突が起きるため、さらに政治的要因(首長のリーダーシップなど)が重要となるという。ただし、実際にはこれらのモデルはもっと入り組んでおり、様々な要因が複雑に絡み合っている。ここではとてもその全容は書ききれない。

ほかにも、本書に示されている研究結果には示唆に富むものが多い。また、自治体現場の実情にも即しており、実務的にもまったく違和感を感じない。本書でも指摘されるとおり、類書の多くが「印象論的論考の域を出ていない」現状で、政策波及というテーマで、ここまで研究レベルでの分析をなしうるということが驚きであった。一部先進自治体を基準にした大所高所からのご高説はもういいから(そういう本に辟易したのが、前にいったんこの「読書ノート」を休止したひとつの理由であった)、出版社はこういう本をもっと出してくれないものだろうか。