自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【258冊目】中上健次「千年の愉楽」

千年の愉楽―中上健次選集〈6〉 (小学館文庫)

千年の愉楽―中上健次選集〈6〉 (小学館文庫)

熊野の「路地」に生きる「中本の一統」の男たちを描いた連作短編集。

6つの短編が収められており、それぞれ半蔵、三好、文彦、オリエントの康、新一郎、達雄という男が中心となっている。彼らはいずれも「匂い立つような男振り」であり、刹那的で退廃的な日々を送り、そして若くして死ぬ。どの短編も、その荒々しく猥雑で、一瞬の光芒のような人生を鮮やかに切り取ってみせているのだが、その中に、若いがゆえの無謀さやなげやりさ、一種のあきらめのような物悲しさが漂っている。

そして、本書全体を貫く縦糸となっているのが、「路地」唯一の産婆である「オリュウノオバ」である。オリュウノオバは産婆としてこの男たちを産まれた時から知っており、さらに夫の礼如が坊さんなので、路地の人々の死にも関わりあう。そして、文字の読めないオリュウノオバは路地の人々すべての産まれた日と死んだ日を記憶しているのである。いわばオリュウノオバは路地の世界すべてを眺め、記憶してきたのであり、その意味で路地そのものを体現する存在といえるように思われる。

中上健次の小説を読んだのはこれが初めて。何となくとっつきづらいような感じがあり、読むと何かのっぴきならないものを突きつけられそうで、気にはなりつつちょっと敬遠していた。読んでみて驚いたのはその小説の身体性というか、一種独特の肉感性。被差別部落である「路地」を一種のミクロコスモスのように描き、そこから強烈な磁力が発生しているように読むものを掴んで離さない迫力がある。まさに身体から出た小説。頭だけで書かれた小説では到底太刀打ちできない厚みと凄みがそこにあるような気がする。