自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【244冊目】幸田露伴「五重塔」

五重塔 (岩波文庫)

五重塔 (岩波文庫)

すぐれた技術をもつが不器用で頑固なため「のっそり」などとあだ名をつけられている職人十兵衛は、親方の源太と競り合ってまで谷中感応寺の五重塔の建立に携わることとなり、異様な執念を奉げてこれを完成させる。前半が、どちらが五重塔を建てるかという源太とのせめぎあい、後半が建立へのすさまじいのめりこみと、暴風雨にもびくともしないその完成度を称えるものとなっている。

源太とのやり取りを見ると、源太のほうがよほどまっとうで男らしい人間にみえる。彼は十兵衛の親方格にもかかわらず二人で共同して塔を建てようと言い、自分が従となってもよいとまで言う。さらに十兵衛が建てることとなった後は、それまでに自分が準備に作った図面等を十兵衛に差し出し、存分に使えとまで言う。しかし、十兵衛はことごとくそれをはねつけ、一から十まで自分でやると言ってきかない。配慮に満ちた源太の大人っぽさに比べ、十兵衛はまるで子供である。しかし、それはあくまで世間や社会の基準での話だ。十兵衛は、そうした世間的なところとは、もとよりまるで離れたところにいるのである。十兵衛の頭はおそらく五重塔をいかに完成させるかという一点にしか動いていない。源太が人間らしいとすれば、十兵衛はもはや人間であるというよりただ一人の職人なのであり、建築という魔性のものに憑かれた存在に感じられる。

職人とは人間でなくなることなのか。文字通り命をその対象に奉げるものなのか。私にはよくわからない。しかし、少なくとも露伴の描く十兵衛はそのような、ものに憑かれて人であることをやめようとしている存在に思えて仕方がない。その存在感に比べ、源太は良い人間なのであろうがいかにも薄っぺらくみえる。

最後に、本書の最大の魅力はその文体にあるように思う。とっつきづらいかもしれないが、そのリズムに一度乗ってしまえばやみつきになる。句点をなかなか打たず、読点でリズムを取りながら言葉を重ねていく露伴の文体は、講談師の語りのようであり、ある種音楽的でさえあるように思う。