自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【242冊目】桐野夏生「魂萌え!」

魂萌え!〔上〕 (新潮文庫)

魂萌え!〔上〕 (新潮文庫)

魂萌え!〔下〕 (新潮文庫)

魂萌え!〔下〕 (新潮文庫)

定年後わずか数年で夫に先立たれた59歳の敏子を中心に、夫を失った後の日々を描いていく。

配偶者を亡くすということはその人にとっては大事件だが、世の中には「よくあること」である。夫に愛人がいたことを死後はじめて知るとか、遺産相続で子供ともめるというのも同じだ。本書はそういった「よくあるけど、その人にとっては重大な事件」を、まさにその人にとっての視点から丁寧に描き出し、平凡さを感じさせないままに読み手を最後まで引き付けて離さない。

特にちょっとした仕草や言葉遣い、細部のディテールの描写が天才的に上手い。何を身に着けるか、何を飲むか、といったちょっとした選択から、その人の心の動きの実に微妙な部分をぱっとあぶりだしてみせる。本書は特に奇怪な事件が起こるわけでもなく、配偶者を亡くした日々をひたすら綴っているだけに、こうした手際が光ってみえる。

物語は夫の死や遺産相続問題を縦軸に、敏子の女友達や夫の入っていた蕎麦の食べ歩きの会の面々とのやりとりを横軸に据え、さらに「プチ家出」で知り合った野田や「フロ婆さん」宮里とのつながりをななめに差し込むような凝った構成になっている。ちなみに「主婦(+未亡人)4人の友達関係」という設定はなんだか「OUT」を思い出してしまった。女友達というもののややこしさや難しさは何歳になってもかわらないもののようだ。