自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【241冊目】櫻井稔「内部告発と公益通報」

公益通報者保護法が施行されてしばらく経つが、導入当時は、どの自治体でも対応を迫られたことと思われる。自治体のような行政機関は特に、当該自治体内部における内部通報の受け皿と、処分・勧告権限を有する行政機関としての外部からの通報の受け皿の両方を整える必要があり、いろいろと工夫をされたところも多いのではなかろうか。本書はこの法律の導入を受けて、法律制定を導くこととなった国内外における数々の組織内部の不正行為と、その多くが内部告発によって表沙汰になった経緯、そして法律自体の解説に至るまでの、いわば公益通報者保護制度の頭からシッポまでをコンパクトにまとめている。

本書の前半部分は、雪印食品等の国産牛偽装、原発の安全管理、あるいはエンロンワールドコムの事件など、法制定以前に頻発していた組織内不正と内部告発の現状と問題点をわかりやすくまとめたうえで、内部告発とは何か、といういわば内部告発の本質論にまで踏み込むものとなっている。内部告発の難しさは、それが社会的正義を実現するためとはいえ、宿命的に勇気ある告発者自身を「生け贄」にしてしまう点にあるように思われる。告発者は、一時は賞賛されるかもしれないが、その後に待っているのは良くて一生冷や飯を食わされ、悪ければ退職に追い込まれ、一家が路頭に迷うという暗い未来である。アメリカで行われた調査によると、内部告発者のうち「ほとんどが職を失い、17パーセントが家を失い、15パーセントが離婚をし、10パーセントが自殺をしている」そうである。転職が頻繁で社会的正義を尊重する風潮が強いと思われるアメリカでさえこの数値である。日本でこの種の調査があるかどうか知らないが、これより悪いデータが出てくることはおそらく間違いないだろう。

こうした状況を打開するために各国でいろいろな制度が設けられているのだが、その日本版が「公益通報者保護法」ということになる。その概要については、本書の後半でかなり詳細に解説されている。わずか11条の法律で、内部告発公益通報と言い換えるなど工夫もなされているが、内容的にはいろいろと問題を含んでいることがよく分かる。そして、最後の1章は、そもそも日本の法律は遵守可能性を無視しているのではないか、という痛烈な指摘で終わっている。著者は道路交通法労働基準法を「守っている人がほとんどいない」法律の例に挙げる。たしかに、スピード違反やサービス残業などの慢性的な「法律違反状態」が、行政の裁量という名の権限の源泉となり、一方で国民の順法意識を鈍磨させているという側面はあるように思われる。コンプライアンスを求めるには、遵守できる法律の整備が先であり、守れない法律を作っておいて法令順守や法令違反による公益通報を期待するなどブラックユーモア以外のなにものでもないのである。